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天空木馬 (掌編小説)

子供達を乗せて、廻るのが僕の仕事。
そんな僕にファンがついた。
君はゲートが開くと脇目も降らずに僕の背中に跨った。毎月第二日曜日、僕のところにやってきた。
僕よりも背が高くてカッコイイのもいるし、君の好きなピンクの鞍をつけたのもいる。
だけど君はいつも僕のところに駆け寄ってきた。

特定の誰かに好かれることがむず痒い反面、僕は君がやってくることに幸せを感じた。
なんの取り柄もない僕を選んでくれてありがとう。
君のおかげで、仕事が楽しくなった。
君を乗せて走る日は、自由になった気がした。
たくさんの夢を見た。このままこの軌道を逸れて君と一緒にあの空を駆けることが出来たらどんなに楽しいだろう。
君とお話が出来たらどれだけ愉快だろう。
いつも楽しそうに周りの景色をキョロキョロ見ては、表情をコロコロ変えて笑う君。
もっと色んな景色を見せて、もっと君を笑わせてあげたかった。


ある日、君は第二日曜日ではなく、平日の閉園間際、夕焼け空の中訪れた。
あれ?いつもはパパと一緒なのに、今日は一人で来たの?どうしてそんなに哀しそうな顔をしてるの?
僕は聞こえるはずのない声を必死で君へ投げかけた。

君はついに泣き出してしまった。
僕には君の涙の理由は分からなかったけど、少しでも君が笑顔を取り戻せるように、いつもよりも気持ちを込めて、いつも通りの軌道を廻った。
君は僕に幸福をくれたのに、僕は君に何もしてあげられない。君が来てくれるのを待つことしか出来ない。
そんな自分がもどかしくて悔しい、夏の夕暮れ。

そして、その日を境に君はここに来なくなった。

─────────────

子供の頃、月に一度の父さんとの面会日、飽きずに毎回、同じ公園に連れていってもらった。
そこにあるメリーゴーランドに乗って、丘の下の景色の中にある自分の家を見つけたり、空の青さを見上げたり、柵の外で手を振ってくれる父さんと笑い合ったり、その時の光景は今でもよく覚えている。
私にはお気に入りの馬があって、誰にも取られないようにいつも先頭に並んで、その馬の元へ駆け寄った。
どうしてその馬を気に入ったのか、今でははっきり覚えていないけど、何となく目が合って何となく吸い寄せられるように乗ったのが最初だった、と思う。
とにかく私は一年近く、同じ馬に乗った。
まるで恋でもするかのように。


そんな思い出の詰まった公園とサヨナラする日が来たのは、父さんと母さんが決定した月に一度の面会ルールに大人の事情による亀裂が入って、母さんと私がその街を出ることになったからだった。
私は父さんに会えなくなることに落胆し、あの木馬に会いに行けなくなることに抵抗し、母さんを困らせた。

それでも別れの日はやって来て、私は一人、あの木馬にお別れを告げに家を抜け出した。

いつもは青空のもと、燦々に照らす太陽と共に見ていた景色もその日は真っ赤な夕陽に包まれて、少し怖いくらいだった。

もう、みんな帰る頃で、私はそのメリーゴーランドを独り占めしていた。
いつも手を振ってくれるパパもいない。
寂しさが込み上げる。
だけど、私の指定席になった木馬の背中は温かかった。

アリガトウ
サヨナラ

そう語りかけたら木馬の声が聴こえた気がした。


ボクハキミノエガオガダイスキダヨ

読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )