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ドカタ時代、植え込みで一緒に作業をしたあの時のおじさんへ。世の中は確実に一歩進んだよ。


「こんな日雇いの仕事なんていつまでもやってちゃダメだよ。いろんな現場行って出会いを増やしながら、どっかいい工務店があったらそこで頑張って拾ってもらって正社員を目指すんだ。」

日雇いの派遣労働者として毎日違う土木作業現場を回っていた頃、一緒に作業をしていたその日の雇い主のおじさんにそう言われた。午後2時くらいになると少し汗ばむくらいの、よく晴れた5月。東京湾のに注ぐ川の河口まで、そう遠くない平らな、千葉と東京が近いエリア。まっすぐな道が東西に走る、眺めのいい市街地だった。
そんな真っ直ぐな道路の脇の植え込みを、手入れしたりカットしたり、そのゴミを運んだりするのが仕事だった。

「こんな割の合わない仕事だってあるんだから、」
「割りに合わないって…いくらですか?」
おじさんが話した受注金額は、2ケタ万円だった。

安すぎる。頭の中でざっと計算した。
今日一日、自分への人件費で1万以上かかっている。派遣元にも報酬があると考えると、2万近く。他に作業員は3人。派遣かどうかはわからない。
この作業は1ヶ月ほどつづく。他に、芝刈り機をはじめとする設備、移動用の車のガソリン代。いや他にも保険とか事務的な…どう考えてもおかしい。採算が合わない。
「それって利益出るんですか?どう考えても安すぎる。発注元は行政ですよね?そんなんでいいわけがない」
(後で気づいたが、しかもそこは23区の中でも上位の潤っている区だ。域内には大型の商業施設と工業地帯・オフィスエリアがあり多額の税収がある。一方でそのエリアから離れると緑の多くて道の綺麗な住宅地もある。予算に余裕がないとは決して言えない。)

僕はおじさんに食い下がった。「だったらそんな発注元、切って他の高い金額出してくれるところに行けばいいじゃないですか!安い額でもどうせ請け負ってくれるとナメられてるから業界全体の相場が上がらない。そんなんじゃ需給曲線の価格均衡てn…」

「世の中にはどうしようもない理不尽というのがあるんだ。自分たちがこれを受け入れることでしか、仕事はもらえない。その弱みにつけ込まれているんだ。もうこれは、諦めるしかない。これが大人の世界の厳しさだ。」

その理不尽が蔓延したら多くの人が苦しみ社会が崩壊してしまうから、議会があって議員がいて、私たちには投票するという選択肢があるのです、
と言いたかったが、そこまでは言えなかった。「本当に投票に行けば変えられるのか?議員はおれたちのために仕事なんてするのか?」と言われたら返す言葉がない。

「いいところ見つけるんだぞー。困ったことがあったらうちに聞きに来いよー。」おじさんは自分のことを気に入ってくれたようだった。「ありがとうございました!」そう言って現場を後にした。

2年後。僕は公共政策のコンサル会社にいた。おじさんの言う通り、正社員として働いていた。業界は違うけど。
仕事で、首相官邸のページの新着情報をチェックしていた。「新しい資本主義実現会議」やら「デジタル市場競争会議」「規制改革推進会議」などなど日々開かれる省庁の動向をウォッチし、規制政策で大きな動きがあれば報告する。

あっ。気になるワードが目に入った。

「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」

フリーランス保護のための、独禁法・下請法・労働法の解釈を、経産省・厚労省・内閣府・公正取引委員会の4省庁でまとめたものが公開されていた。

昨今増えているフリーランス保護のため、それまでは企業間を前提としていた独禁法や下請法をフリーランスに当てはめた時どう解釈できるか、何をしてはいけないのかが明確にされた。

これだよ、おじさん。今確かに、おじさんにとって理不尽な環境に対して改善が進んでいるんだ。

おじさん。世の中は確かに理不尽だ。
しかし、それでも確実に時代は前に進んでいる。声を上げれば、変えることを諦めさえしなければ、必ず現状をよくすることができる。

どこの会社で名前がなんだかも今となっては覚えていないけど、彼の仕事のしんどさが変わっていたらいいな、時折彼を思い出しては思うのだ。

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