幼なじみとその恋人は別れなければならなかった。両思いだったのに。それは、優秀すぎたからだ。

僕には、自分と同じ日にこの世に生まれた、同じ地元の親友がいる。
僕以上に僕を知っているし、間違いなく自分の心の支えの1人だ。受験、就活、恋愛といろいろ相談しあい、一緒に乗り越えてきた。
頭文字を取ってKと呼んでみる。なんだか夏目漱石みたいだけど笑
Kの人生は、不遇の連続だった。

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「なんて優秀なんだ、うちの部署にぜひ欲しい」
とある大手自動車会社の法務部。新卒1年目が研修期間直後、一発目にそこへ配属されるのは実に10年ぶりの出来事だという。
英語で書かれた大量の海外との契約書。国際取引法などの各種企業法を踏まえ、文書を読みまたは作成する。読み間違い一つで訴訟なのか契約履行なのかが分かれるし、書き損じは数十億の損失の可能性を伴うプレッシャー。さらに企業法務部は慢性的な人材不足。遅い時間まで残業しスピードも問われる。
まさか総会資料の一部が20代前半(当時)の手によるものだとは、株主たちも想像だにしないだろう。

そんなKの両親は、どちらも暴力を振るう人だった。そして何より、とにかくお金がなかった。
家庭で親の拳から逃げながら、学校で誰かがいじめられていればそれを助け、また自分に矛先が向けられれば自力で払いのけた。僕の隣町の小中での出来事だ。

高校受験、早慶に合格。しかし私立は経済的に難しく、都立高校を選択。しかし当時は都立も無償ではなく、奨学金を借りて進学した。

高校生活を終え、7年前の1月。僕たちは同じ予備校の一橋クラスに通っていた。例の荒れたセンター試験のせいで、最悪のテンションで僕たち2人は26日の誕生日を迎える。
あの日、予備校前のファミマの中のイートインスペースでぐったりしながら2人で食べたミルクレープはただ砂糖を噛んでいるような心地だった。残り1ヶ月、やれる限りをやろうと励まし合った。

そして、早慶の法学部の受験日、Kはインフルにかかる。どこの大学がいい悪いを言う気はないが、高校受験で受かったっところに大学受験で落ちたというのは悔やんでも悔やみきれない。さらに浪人を重ねるのは無理だったので、Kは受かっていた某私立の法学部へ進学。

高校と大学の2つの奨学金返済のためのアルバイトと、法学部の勉強に追われる学生生活が始まった。
そんな忙しさの合間にサークル。そこで、人生初の恋人ができそうになる。しかし、嫉妬心に駆られたライバルがKのウワサを流すなどして妨害。気まずさからKはサークルに居られなくなった。

家庭環境、お金、受験、人間関係。Kはこの時点で全てにおいて不遇だった。
しかしKはそれでも腐らなかった。その時点で自分にできる勉強とバイトをとにかくこなした。
その頃の自分はというと、高田馬場で遊び、出席カードだけ出して授業中は眠り、テスト数日前に教科書を買うような生活をしていた。
普通Kの立場からしたら、そんな奴がいたら腹が立つはずだ。(一応自分も学費の半分は出してはいるが)
でもKはそんな僕の学生生活も楽しそうに聞き、屈託なく笑っていた。

嫉妬心とは、言い訳をしたい気持ちと表裏一体である。自分の進む道をただ手を抜かずに進む強い人間に、嫉妬の二字はない。

車の好きなKは、マニュアル免許のみならず、レーサーの免許を取得。僕ともう1人の友人(彼は僕と同じ中学・Kと同じ高校のサッカー部同期)を遠くまでドライブに連れてってくれたりした。就活では、その車への愛情と学業成績、バイトの努力を評価され、世界中に展開する某大手自動車会社への内定を獲得。

そしてKが卒業を控えた頃、ついに恋人もできる。Kの人生が報われ始めたかに見えた。
Kの彼氏は清潔感のある好青年。プレゼントもデートも細かく気遣いが行き届き、忙しい合間を縫ってKに連絡を入れる。
そんな彼の職業は医療関係。水曜全休と日曜半休のスケジュール。医療関係ではあるが、医者ではないので年収は多くない。

Kは別にそんなこと気にしていなかった。貧乏には慣れているし、何より自分がもう稼げるようになっているのだ。
自分を大切にしてくれる、そんな彼がいればKにとっては十分幸せだった。

しかし彼はどんどん自信を失ってゆく。今の自分は、Kの彼氏としてふさわしくない。土日が空けられない上、年収も低い。
なんとか年収を増やしたい彼は、Kの反対を押し切り、歩合の割合の高い不動産業界に未経験で飛び込む。
医療系の大学から病院に入ったような彼だ。一般企業の勝手がわからないまま転職活動し、決まった先はブラック。
宅建の勉強に追われる上、結局土日休みも叶わなかった。
彼の前職や行動から分かる通り、彼はゴリゴリ働くようなタイプではなく、むしろ穏やかなホスピタリティが彼のよさだ。Kもむしろそういうところが支えになってもいた。なので彼は会社の空気についてゆけず、忙しさもあいまって追い詰められる。
彼は泣きながら別れを切り出した。「自分はKにふさわしい男じゃない。もっと幸せにしてくれる人がいる。Kのかけがえのない人生の時間を自分のような人間が消費するのは申し訳ない。」
Kも泣きながら反論した。そんなことは問題じゃない。
しかし結局、宅建の勉強に集中し、合格するまで会わないということに決めたらしい。

半年後、試験が終わって会うが、お互い気持ちが複雑でどうしたらよいか分からなくなっており、結果別れることになる。
同じ頃、Kの父はくも膜下出血に。幸い命に別状はないが、安静生活をせよと医者の指示。家族を支えながら、Kは今日も激務をこなす。

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僕はKと話すたびに思う。
Kと比べ、自分は恥ずかしくない生き方をしているのだろうか
なぜ、Kの元彼は苦しまねばいけなかったのか
なぜ、Kは自分の努力と成果ゆえに、愛を失わなければいけなかったのだろうか

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