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202X。独裁国家日本。~生き生きとした死神と死んだ目の生者と①~


日沈み、地下出(いず)る国の反体制機関紙『スキゾちゃんぽん』第四号
※本機関紙を手に入れたラッキーなあなたへ。末尾にあるQRコードを読み込めば、次号以降の配布予定箇所がわかります。しかし! 弾圧回避のため大概場所が変わります。

・「元先生」が死んだ目の学生たちに語るサバイバル術

 「本当、どいつもこいつもしけた顔してるよな~。諦めがくっきり顔に現れてるわ。おっと、ここから離れようとしても無駄だぞ。扉は開かない」

 隙間なく生徒が座っている大講義室。天井も高く広々としていて清潔な空間。しかし檀上にはそんな空間に不釣り合いな、ボロボロの黒服を着た、髭も髪も伸び切った男が立っていた。

「凄いしけてるよな~。お前らさ、隣の奴とワークやってみろよ。『あなたの不幸は何ですか?』って聞いてみろよ。なあ」

 静まり返る部屋。誰もが、隣の人の顔すら見ないように、机の上に目を落としている。

「ははははは。あまりネガティブなこと言ったら国営認証アプリのスコア落ちちゃうかな。それか、隣の奴が不幸だと思って話を聞いたら、案外そうでもなくて、自分の方が不幸だと気付いてしまうのが怖いのかな」

 学生は皆、机の上に目を落としたまま。

「じゃあさ、何でアプリのスコア上げたいのか誰か答えてくれよ。なあ」

 下を向いたまま動かない学生たち。異様な光景ではあるが、よく見ると小刻みに震えている学生もチラホラいて、「絶対統制」の集団主義とは少し違った、「空気を読み、弱りながら適応していく」集団主義の様相があった。
 しかし、一人、堂々と前を向き、真っすぐ右手を挙げた生徒がいた。

「ほう。なんだ」

 髭をいじりながら、おもしろそうだ、と生徒の方を見る黒服。
 生徒は白いセーターを着て、黒い髪をワックスで僅かに固めた、美形青年であった。

「自分の幸せを目指し、かつ社会からもっとも望まれる人材になるためです」

 黒服の表情全体にニヤニヤが広がる。こいつ、やはり面白いな。
 稀にいるのだ。国営認証アプリのスコアをとにかく上げ、よく学びよく遊びよく駆け引きをし、この国でのし上がった先で、自分自身の本音の願望を実現させようとする輩が。

「くだらないな。そんなんじゃ、つまらないことばかりしてる日系企業でさえも、面接落ち確定だぞ? 景気は良くないしな」

 こういう輩は多少圧迫的なことを言っても全く動じない。寧ろ青年の目は輝きを増す。何かを企んでいるかのような表情。

「私のくだらない発言に、先生の貴重な時間を少しでも使わせてしまったのなら恐縮です。しかし、他者の批判から入るようで聞き苦しいかもしれませんが、ありきたりではない道を歩こうとして、結局は道端に散乱しているゴミばかり漁り、最悪お縄になったりして、駄目な人生になってしまった人々を私は何人も見てきました」

 「先生」ねえ。黒服はじっと青年の話を聞く。

「例え社会というのは多少の過ちを繰り返したとしても、最終的には正しい道へ行くのが歴史の王道です。破滅的な道を辿った社会は、私がさっき申し上げたような、ゴミ漁りばかりしていた人たちが乗っ取ってしまった社会だけです。なので、変なことを思いついて企むよりは、置かれた場所で、一つ一つ努力していくべきではないでしょうか」

 アプリのスコアを上げつつ、黒服とも張り合おうとする青年。
黒服は若干青年の話に飽きつつあった。飽き飽きした言葉が社会を覆い、その下で言葉にならないストレスが蠢く社会。
 きれいに舗装されたコンクリートみたいな言語空間で生き続けようとすることはそれだけ疲弊するということだし、それこそゴミを食べるようなものではないか。

 徐々に広がる匂いに気づいたのか、下を向きながら鼻をつまむ生徒が出始めている。
 生臭さが講義室に広がっている。

「青年よ。君は俺を『先生』と言ったようだが。俺は『元先生』だ。君は自分が今どんな場所に立っていて、その中で誰がどこに立っているかで、とるべき振る舞いを決めようとしているね。だから檀上の俺を『先生』だなんて呼べた訳だ。でも今から、アプリ受けする定型文だけじゃ、抑えきれないものを見せてあげるよ」
 黒服は教団の後ろに隠していた一つの塊を両腕で抱えて、学生全員に見えるよう、放り出す。身体中が赤黒い太い線に覆われた、ほぼ全裸の死体。

 ショックですすり泣く学生もいるが、例の青年は笑みを崩さない。
 立場は正反対だが、どこまで状況を面白がれるか、自分を試している点では、黒服と変わらない。

「学生諸君。前回まで君らを教えていた『先生』は、これだろ?」

 黒服は死体を指さしながら、大きな声で笑った。(続く)

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