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中編小説「青臭いフェイクと味気ない真実」2

何気ない日常や青春にSNSや過去の記憶が浸透し、青臭さが暗く肥大化したとき、惨劇が起きる。そして登場人物の真価が試される。「今を生きる人々誰もが無関係ではいられないテーマ」の小説!第二弾!

第二弾あらすじ;昔の友人ミキはすっかり軽薄になってしまった。ペラい海外旅行やサークル活動を自慢してくる。しかしミキの傍らにいるヒカリにはいつも想いを寄せていた。そんな回想をしながらも、一緒に現在散歩している友人トオルにも軽薄な本性が明らかになっていく。そしてトオルについて別な友人ユウタにSNSで陰口をぶつけると、トオルの意外な情報が明らかになる……

「やっぱり経験だよね経験。最初にハワイ行って、ニューヨーク行って、で、最近はパリ! 今はイギリスに行く予定。あとコスタリカ! 国内だとやっぱり奄美かな。留学はロンドンがいいかなあ。なんか留学も旅行も、行った先全てに共通するのは、ありのままの輝く景色でありのままの自分でいると、自己解放できるってことなんだよね」

 熱弁するミキ。薄いピンク色のコートを着ながら速足で歩く。並んで付いていくのが大変だ。ニコライ堂から御茶ノ水駅までの途中の道。人がパラパラと歩いてて、右側はラーメン屋や飲み屋がひしめいてて、左側はビルがあって、本屋があった。寒くなり始めた、曇りの日だった。小走りでうんうん頷きながら、両手で抱えた焼き芋を頬張るヒカリ。俺はミキとヒカリを交互に見てた。無表情と、緩んだ表情を交代させながら。だから無表情を向けられたミキは、軽く俺を睨んだ。

 駅前にたどり着き、大きな橋の前で曲がる、楽器屋の列。喋り続けるミキの背中に、しばらく前までは必ず背負ってた、黒いエレキベースのケースを浮かべる。あのときはまだ同じ金髪でも、ショートカットだった。

右に曲がる。車がギリギリすれ違えるくらいの道の両脇に、ビルがあり、右側のビルの中にはカフェがあったり、左側は広場があって、広場を囲む形でビルが立っている。歩いている内に広場は無くなってビルが更にこちらに迫ってきて、繰りぬかれた曇り空が更に狭くなる。疎外される空。

「リクはさ、海外とか行かない訳」
「ヒカリ案のヨーロッパ計画以外は、今のところないかな」

 芋を両手に抱えたままのヒカリが微笑んでこっちを見る。

「もったいないなあ。視野が広がるし、新しい価値観を持ち帰って、日本にいても自由でいれるよ」
「……」 
「あ、あそこのカフェ行こう。ソファとかあって広々してて本もいっぱいあって、独特の雰囲気がいいんだよ」

 ヒカリが指さした先は、無機質な建物に挟まれる形で、蔦の絡まった黒い手すりと階段があって、地下へ繋がっていた。オレンジのキャンドルが地下への入り口を照らし、ヨーロッパの路地裏の雰囲気ってこんななのかな、と思わせる。

「いいんじゃない。行こう」

 手でオッケーサインを作ってヒカリに返事する。ミキに睨まれる。また表情で「差別」してしまったか。だけど地下への階段を下りながら、俺はふと思い出す。俺のSNSへの長い書評投稿。真面目な話が好きなユウタと文芸サークル員以外は読まない。でも一回、ミキが詳しい感想を寄せたことがある。大学図書館で借りた、周恩来の分厚い伝記の上巻。別に大したことじゃないのに、俺の胸の中で、石が水に落ちて、波紋が広がった。

 相変わらず早歩きのトオル。昼で明かりが消えている和食屋の提灯、曲がり角にあるコインパーキング、いつもポストから、溢れそうなチラシの束が顔を出している会社の事務所。こんな何でもない小さな通りでも、何度も歩いているとどうでもいいことまで覚えてて、変わってないか見てしまう。

 通りの景色を楽しんでいる間にトオルとの距離が空く。突き当りで彼が曲がってしまい見えなくなる。速足で彼を追い、突き当りに出る。左から猛スピードで飛ばしてくる白いワゴンに後ずさりしつつ、大きなフランス国旗が掲げられているレストランの前で立ち止まるトオルを見つける。俺は彼の横まで歩いて言う。

「どうした」
「いや、昨日ここで食べたんだよ。夕飯。ワイン上手かったなあ」

 そんなに広い道じゃないのに、この通りは飛ばす車が多い。ハイエースが三台連続視界に入り、一瞬で消えた。立ち止まったままのトオル。俺はポケットから携帯を取り出し、ユウタに連絡する。堅実で真面目な友人。今トオルといるけど、なんかアイツ変わった。上手く言えないけど、変わった気がする。送信。すぐに来る返信。そうなんだ。リクもそう思うんだ。なんかアイツ、付き合う奴バッと変わったよな。

 画面の上で親指をせわしなく動かし、もう一度SNSでトオルを検索する。ああ、間違いない。よく見ると、さっきも見たいくつもの集合写真の一枚一枚にトオルがいた。そりゃそうだよな。さっき検索した時もプロフィール写真はトオルだったんだから。
 親指でトオルの投稿を弾いていたが、あるところで指を止めた。

ミキとのツーショット。美しい海をバックに水着姿でピースする二人。こう言うとなんだけど、彼の貧相な身体が際立つ。そういえば投稿でよく紹介されてる「ミクスズ」って、ミキがはまり込んでるインカレサークルだよな。更に下に親指をずらす。海外での写真。様々な肌な髪や目の色の人が、ホテルの大広間のようなところで一斉に乾杯している写真。その中にしっかりとトオルも笑顔でワイングラスを掲げる。国境を越えて、プラスチック感のある、機械的な笑顔が満ちている。

友達と、更には会ったことのない友達の友達まで繋がることができ、プロフィールを見せ合い、日々繋がっている人の投稿で画面が溢れるSNS。反応し合い、コメントし合い日本が、そして世界が限りなく広く、そして限りなく軽い承認競争にまみれていく。

「なあ、リク」

 トオルに肩を叩かれ、慌てて後ずさる。道路側に身体が傾いたため、タクシーにクラクションを鳴らされ、また慌てて道の端によける。携帯の画面に集中し過ぎたから頭がボオッとするが、徐々に東京の路地裏の現実に、身体が戻ってくる。

「なんだよ、そんなビビッて。ここ交通量多いよな。行こう」

 トオルはさっきまでの俺みたいに下を見ながら携帯をいじり、速足で歩き出す。おいおい、危ないぞ、と言いかけて、さっきまで携帯を見続けていた俺は言葉を飲み込む。

 大通りに出る。左右から車が切れ間なく走っている。何となく、黒くて高そうな車が目に付く。あまり高いビルは見えず、青空が広い。トオルは相変わらず携帯をいじりながら横断歩道を渡り、俺は彼が人にぶつからないか監視するように、彼の後ろを歩く。そして右に曲がり、靖国神社の広い敷地を平行に歩く。途中細い道路が敷地内に入り込み、中へ歩ける箇所があり、そこから敷地内へ入る。

トオルは以前のように、周りの景色を楽しんだりはしない。携帯をいじろうがいじるまいが、速足だ。白く広がる床を、鳥居目がけて歩く。トオルの目は携帯を見てても、彼の足は散歩コースを正確になぞる。大村益次郎の銅像を見上げたところで、中年くらいの男女二人組が、神社っぽくないね、と言いながらすれ違って行った。二人はしっかり鳥居をくぐって来たのだろうが、西洋式の銅像や、整然と続く白い道を見て思ったのだろうか。

 鳥居を出る。このまま真っすぐ行けば九段下駅だが、ひねくれた散歩コースに沿って左に曲がり、また車がやっとすれ違えるくらいの、緩い坂を上っていく。すぐに曲がり角に差し掛かる。斜め左と右、どちらも、少し急な坂が、長く続いていく。角にある大きな地図版を見る。会社名や大使館。カタカナ語の表示に溢れる地図。周囲を見渡しても、二階建てのマンションやガラス張りのオフィス、高い柵に囲まれた煉瓦造りの家など、清潔感と高級感があり、古い建物が見当たらない。地図を見る俺の横で立ち止まって携帯を触っていたトオルは突如右へ小走りする。そして坂をしばらく下り、ピタッと立ち止まって、とあるガラス張りの―中にはソファや黄色や赤の不思議なオブジェや、真っ白なキッチンが見える―建物を指さし、俯きがちに俺を横目で見ながら、だけどはっきりした声で言った。

「俺、ここ拠点に、起業したんだ」

 透明な建物と、それを指さすトオル以外、色褪せて見える。ココヲキョテンニ、キギョウ。よく分からない。飲み込めない。曖昧な断言だな、と思う。

「どういうことよ、それ」
「いやだから、ここを拠点に起業したんだって。ミクスズの社会人の先輩がいて、新しく立ち上げるプロジェクトにコアメンバーとして入れてもらった。昨日とかもここで打ち合わせでさ。もうメンバーも色々な国籍の人がいるから、会話も英語が飛び交ってる訳よ」

 どこまで本当かは、分からない。さっきのような俯いた感じはなく、正面から俺を見て細い目を更に細め、笑いながら早口で話す。彼を、彼のバックにある建物と一緒に撮って投稿したら、「映え」そうだ。現実を動かす道具としてのSNSか。SNSを動かす道具としての現実か。

 俺の頭の中の映写機が回り、SNSに投稿する想定の動画が浮かぶ。この長い坂道の両側に並ぶ、オシャレだったり高級だったりする全ての建物から大勢の人が出入りする。外国の人だって少なくない。ほとんどの人がスーツかそれに準ずる服装。電柱や建物からいくつもの運動会とかで見るような、国旗をたくさん紐に通した飾りが吊り下げられている。今日は寒いけど晴れてるし祭りには持ってこいだ。

「すげえな。この先って何があるんだっけ」

 俺はスマホで地図を確認するフリして、ユウタに連絡する。トオル起業したって本当かよ、ていうかミクスズってミキがはまり倒してるサークルじゃん。送信。すぐ来る返信。そうなんだよ。でも実はアイツ、ミクスズでも微妙に浮いてるらしいよ? 俺もミクスズに何人か知り合いいて聞くんだけども。ユウタにトオルとミキ以外にミクスズの知り合いがいるのは意外だった。そうなんだ。心配だな。送信。またすぐ来る返信。だよな。俺昨日ヒカリと二人でお茶したけど、ヒカリも結構心配してたよ。最近トオル様子がおかしいんじゃないかって。これも意外だ。もしかしてユウタとヒカリいい感じ? まあ二人とも真面目だし、お似合いだと思うけど。そして連続で来るユウタからの返信。でも浮いてると言ってもね、サークルの中心の一部とは仲良いらしい。特にミキ。まあもともと知り合いだったのもあるけど、結構二人で話したりしてて、ミーティング中も、ミキが意見言う、トオルがそれを補強することを言う。ミキがトオルに感謝しつつ結論を言う、というのを早口で何度も繰り返すらしい。なんか、すごくね。もしかして二人して空気読めてないのかもしれないけど。まあ何はともあれ、アイツの急激な変化は、俺も心配だよ。

 俺がスマホをいじっている間にトオルは消えていた。車が通れないほど、人が建物から建物へ行きかう。それぞれの建物で何のイベントがあるのかは、何も知らない。やがて例の拠点からトオルとミキが手を繋いで出てくる。ミキは満面の笑みで、トオルははにかみ気味で。ミキが拠点の前でトオルと向き合い彼の両肩に手を置いて、熱弁を始める。

「私、海外へ活動拠点を広げるためには、人脈が必要だって思ってる、だからさっきのトオルのスピーチ最高だった。やっぱり海外で展開して広く認知してもらうためには、それだけ広い人の繋がりが大事だから、それを付いたトオルの視点は鋭かった。それでグローバルにサラダボウル化してボーダーレスに私たちがやっていくには、その範囲に見合った出会いに巡り合うのが大事だから、英語の大事さを強調したトオルの原稿はインパクトがあった。後、やっぱり海外へ活動拠点を広げるためには、人脈が必要だから、さっきのトオルのスピーチ最高だった」

 昔のテープだって、巻き戻せば何度も同じ曲を聴ける。しかし巻き戻せない時間を空費して、同じようなことを繰り返すのは、ただ虚しい。ミキに答えて何か言うトオルはボソボソと喋り、よく聞こえない。ミキはトオルの背中に優しく手を回し、キスする。一気に火照る彼の顔。いつの間にか透明な建物の前には人だかりができていて、ヒューヒュー言いながら、拍手したり、二人をスマホカメラに収めたりしている。

ゆっくりとミキは唇をトオルの唇から離す。一斉に歓声が上がる。なんと、ミキの口はピンクのテープをくわえそれはトオルの口から出ている。ミキが後ろへ後ずさる。トオルの口から、途切れないテープをくわえながら。伸びていくテープには、虹色の文字で、#自分で勝ち取る幸せ#生きる喜び#輝く明日へ#グローバルエボリューション#世界、と書かれている。集まった人々の一部がテープを上に持ち上げる。トオルとミキの生身のアーチ。写真を撮るデジタルな音が次々と鳴り響く。俺もこの最高の構図に向けて、人々とアーチと、後ろのオシャレな拠点にスマホを向け、カメラボタンを……

「おい」

 トオルの声。映写機が徐々に止まっていく。旗の装飾も、人だかりも、喧騒も、何もかも、波が引くように消えて行く。坂を上るトラックが通り過ぎていく。

「なんだよ。俺の、拠点を見たままボオッとして」
「……いやあ、トオル凄いなあ、と思って」
「お前、最近変わったな」
「ん」

 トオルに「お前」って呼ばれたこと、今まで無かった気がする。

「なんか前はもっとお前から話しかけてきてた気がするし、横目で俺の
方チラチラ見たり、周りの景色キョロキョロ見たりっていうのは、前は無かったよ。やっぱりお前、変わったよ」

 今度はトオル以外全てが褪せて見える。彼の顔から目を離したいのに離せない。
 じゃあお前のその意識高い活動について、たくさん質問させてもらうわ。
 喉に出掛かった言葉を、飲み込んだ。(続く)

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