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中編小説「青臭いフェイクと味気ない真実」6

何気ない日常や青春にSNSや過去の記憶が浸透し、青臭さが暗く肥大化したとき、惨劇が起きる。そして登場人物の真価が試される。「今を生きる人々誰もが無関係ではいられないテーマ」の小説!第六弾!

ミキやヒカリと呑み過ぎ、ミキに介抱された過去を思い出し、軽薄だと思っていた彼女の違う面を思い出していく「俺」。一方で現在の「俺」はトオルと向かい合い、ヒカリの事等で言葉のバトルを交わすが、トオルからの告白で信頼していたユウタの影を知る。

何か言いたそうな顔で、だけど黙って、ただじっとこっちを見るミキ。カールさせた金髪の先が、天井のミラーボールで鈍く光る。日付が変わったぐらいのカラオケ屋。調子はずれな男の声が響いてくるけど、ただただ今は、気持ち悪い。

「ごめん」
「前にも飲み過ぎない方がいいって言ったよね」
「うん。本当迷惑掛けてごめん」
「ほんと困るよ。リクには何言っても、伝わらないし」
「だから本当ごめん」
「多分リク、理解してないよ」

 黙ってじっとこっちを見るミキ。喋ってないミキ。暗いからあまりよく見えないけど、少し笑っているように見える。こっちもミキの顔をじっと見る。小さいけど、二重でくっきりした目。細い鼻。フワッとして、細長い唇。耳。顔の輪郭。いつの間にかミキの金髪は短くなって、凛々しかった彼女が蘇る。
 

 後ろを見るといくつもの影が上下に揺れている。俺の少し前で、アーミールックのミキが、淡々とベースを弾いている。ライブハウスの前方左側に俺はいて、周囲に任せて揺れていた。バンドサークル内のコンテスト決勝。結局優勝したのは、彼女のバンドだった。

「ミキやっぱりかっこよかったよ」
「そう言って貰えて嬉しい。ヒカリもわざわざ見に来てくれてありがとう。あと初めまして」
「あ、そうか。二人は初対面だもんね。彼はリク」
「あ、よろしくお願いします」

 ライブハウスの通路。張り紙がいくつも貼ってある。あの時ミキは静かに淡々と話し、ベースを弾いている時の雰囲気そのままだった。黒いタイツに黒いショートパンツ。濃い緑色のアーミールックに金髪ショートカット。やっぱりあの頃のミキはどちらかと言うと静かで凛々しく、だけどいつも穏やかな笑みを浮かべていた。

 それが出会ってしばらくするとベースもバンドも辞め、髪を伸ばし始め、服はカラフルなものばかり着るようになって、やたら喋るようになった。そう、今のミキだ。

「ミキ、リクはよく話を聞いてくれるって。ちゃんと聞いてるのが態度で分かるって、嬉しそうに話してたことがあってさ。まだベースやってた頃だね。そういえばミキって、高校の時初めて金髪にして、バンド初めたら親に大反対されたらしくて、中学まで卓球一筋で『地味な子』だったらしいから、特に母親がショックを受けて大反対で、父親も母親に無理矢理に引きずられる形で反対したらしい。色々あったみたい。で、ある日。母親に玄関の鍵閉められて庭で立ってなさいって。で泣きそうだったけど、初めてロックに触れて衝撃を受けた曲が頭の中で流れて、冬だったし庭で凍えながらベースの練習してたんだって。で、父親がこっそり、ほら、家に入りなさいって来たら、真剣にベースの練習する娘に心が動いて、文化祭の時適当な理由でお母さん連れてってお前のライブ無理矢理見させるよ。そうすればコチコチの心も少しは溶けるだろ。それまでしばらく辛抱してくれ、って言ったらしい。それでミキは言われた通り辛抱して、結局お父さんの言う通りになってお母さんもすっかりファンになっちゃったんだって」
「ああ、その話本人から聞いたことあるなあ」
「ミキっていい意味で頑固だから、冷静に見えて、一度一つのことにはまると周りが見えなくなるんだよね。ラケット持っても、ベース持っても」
「そうだよな。あの時に戻って欲しいよ」
「意外と、今も変わってないのかもしれない」
「そりゃあ、ないよ」
「せっかく話を聞いてくれるって誉められたんだから、またじっくり聞いてみたら」
「……」
「じゃあ、行こっか」

 雪の日のカレー屋で最後にした会話。やっぱり鮮明に思い出せる。
 ヒカリは五人の中で一番後ろの位置にいて、俺たちを見ていた気がする。


 学校敷地に挟まれた階段を登りきると、雰囲気はガラッとかわる。細い道の両脇にそびえるビル。ビル。ビル。空が狭い。とりあえず右に進む。もう少しで御茶ノ水駅だ。蔦とキャンドルと地下への階段。前にヒカリとミキと行ったカフェだ。俺は立ち止まり、先に行こうとするトオルを呼び止める。

「ミキってなんで、ベース辞めたんだろう」
「将来性が無かったんじゃないの」

 振り向きながら即答するトオル。彼の口から言葉が濁流する。

「腐っちゃうんだよ多分、バンドって。バンドに限らず、大学のほとんどのサークルとかそうだけど。まあまあ弾けるようになって、まあまあなライブできて、はいお疲れ様って打ち上げしてさ。で、サークルのOBOGにプロがたまたまいたりして、遊びに来たりすると、俺も私もプロなろうかなって勘違いする奴もいるらしいけどさ。まあ夢だけ抱えながら、自己満足の中でウトウトするだけだよね。とにかく時間かける価値は無いんじゃないの。だって一人が誰よりも上手くなろうとか思っても、大半はサークルで戯れてるだけの人なんだから、その内流されちゃうよ。それよりも本当に何かを変えようと思ってる人達と、短い時間で、一発勝負で、大きいことした方がいい。それを何回か繰り返せば、人脈も、やりがいも、そしてお金も付いてくる。俺もミキも学生だけどそういうことに気付いてる」
「ミキはベースやってたけど、トオルはなんかやってたっけ?」

 無視するトオル。

「トオルってさ、普段、ヒカリと何話してるの?」

 地下カフェから出て来たカップルが、カフェ前で向かい合う俺達を怪訝そうに見ながら去っていく。トオルは頬を紅潮させ、早口で喋った。

「まあ他愛も無い話もたまにするけど、たまにするけど、大概は夢や将来の話だね。俺のミクスズの話とか。後は大きな旅行計画の話とか。とにかく多岐に渡る話」
「そっか」

 地下カフェに出入りする客にとって邪魔なことにようやく気付き、楽器屋が並ぶ大通りへ向けて歩き出す。このまま行けば、楽器屋も入らず、そのまま駅で解散になるだろう。お互いにもう一緒にいる理由も無い。しばらく会うことも無いだろう。最後に一つだけ聞いておきたい。

「トオルが最初に、ミクスズ入ろうと思った一番のきっかけって何?」
「ユウタだね」

 苦々しい表情になって、だけど決心したように細い目をこっちへ見開いて、言った。

「ほら、たまに行ってた新宿のクラブあったじゃん。あそこにたまたまヒカリと二人でいたことがある。大分前だし、何でヒカリとあそこ行ったのか覚えてないけど。そしたら、チャラチャラした男女と一緒にユウタがいて、アイツ酔ってて『なんだいつも通り冴えねえな。ここの派手な景色もしけるなあ。根暗オーラ感づかれる前に、ナンパして女ゲットするとかしないとお。俺は見てのとおり、キーホルダーみたいにジャラジャラいるけど』って言って、ひたすら俺を馬鹿にした。ヒカリは唖然としてた。俺はあんなチャラチャラした馬鹿馬鹿しい感じではないやり方で、アイツの持ってるもの全部手に入れようって思った。ちなみに酔ってて覚えてないのか、アイツからあの時の件で謝られたことはない」

 ユウタがトオルの後ろ向きな情報を仕入れてくる時、ミクスズのメンバーだったり、割と遊んでばかりいる界隈からの情報であることが多かったが、堅実でも何でも無かったのだ。もともと堅実なフリはしてたけど、ミキとかを見て、自分も似たようなものだと気付いてしまい、フリに拍車がかかったのかもしれない。ユウタの場合は、「意識高い系」ではないけれど。

 俺も駄目だな。気持ち的にユウタに寄りかかってトオルを見下してた。不思議とすっきりした気持ち。駅でトオルと別れたら、一人でちょっと考えよう。あ、その前にユウタの呑みの誘い断らないと。(続く)

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