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202X。日本。~縮みゆく独裁国家。逃げ場の無い壁 どこにも無い壁④~

日沈み、地下出(いず)る国の反体制機関紙『スキゾちゃんぽん』第三号
※本機関紙を手に入れたラッキーなあなたへ。末尾にあるQRコードを読み込めば、次号以降の配布予定箇所がわかります。しかし! 弾圧回避のため大概場所が変わります。

・「ある女性の裕福だが孤独過ぎる暮らし」④
 
 冷めた話し声。乾いた笑いが、外の廊下から響いてくる。両親が帰ってきた。
「しまった。話過ぎたね」
 有海が舌打ちする。寝室のベッドを二人で持ち上げ、有海は隠れる。A美さんはベッドの上で寝たふりをする。ドアが開き、靴を脱ぐ音がする。
「ったく。健全思考強化月間とか言って、家族全員の国営スコアアプリの数字提出させるの面倒だよなあ。いよいよ窮屈になってきた感じ」
「でも電子データ提出じゃなくて、紙にスコア書き写して提出って、いかにも日本て感じよね」
「何とでも書けるしな。どうせ他省庁とのデータ照らし合わせなんて忙しすぎてできないだろ。でも面倒は面倒だよなあ」
「家族だろうが子供だろうが別の人間、他人なのにねえ」
 ズキン。母親の「正論」が針となり、A美さんの胸に刺さる。
「にしても『近隣に怪しい反政府派のアジトや、変な言動をする人がいたら教えてください』って、やり方がアホ過ぎるよな。『安全研修』とか言ってさ、約三時間返せって思ったわ」
「でも前からそれ自主的にやってる人いたらしいわ。近所で十人くらい怪しい動きをした人を『摘発』して。あまり仕事はできなかったけど、査定上がりまくりで今部長よ」
「ふーん。怪しい動きをした、という見方がすでに怪しいよな。いい加減過ぎる」
「そうね」
 ゴトッ。乾いた、小さな音が響く。いつもの習慣。寝室に置いてあるA美さんのスマホを見て、国営スコア認証アプリをチェックする父親。
 
 両親の話からするに、有海の存在を「密告」すれば、凄く褒めてくれるかもしれない。

 唐突に浮かぶ、危険だけど、どこか滑稽なアイディア。でも、会ったばかりの素性も怪しい人だから、「密告」されても仕方ないよね。それで、温かい家に、少しでもなるなら……

 それか、両親がこの部屋から出ていったときに密かに有海に知らせれば、彼女が両親の息の根を止めて、私は正式に有海と生きていけるかもしれない。

 さっきとは対極にある危険なアイディア。滑稽と滑稽の狭間を、考えは行き来している。だけどこのままの生活が耐え難いA美さんにとっては、切実な思いだった。
 家では寂しくて膝を抱え、学校は学校で認証アプリもあり、皆本音を話したがらない。時々できるアプリが反応しないタイミングでしか自由に話したり動いたりできない。その割、影では足を引っ張り合っている。この前クラスメイトが飛び降りてたな。死にはしなかった。でも、学校には来なくなった。
 色々なことをやり過ごすうちに、日常のサーチライトを頭を下げてやり過ごし、あとは受験で少しでもマシな未来を掴もうとする、灰色の隊列ができあがる。
 もうどうでもいいや。何とでもなれ。と捨て台詞を吐く友達には共感し(でも自分たちでは絶対に言わない)、飛び降りた人に自らを重ね合わせる。涙や汚物をまき散らして今すぐ壊れるか、社会というやすりで一ミリずつ精神をすり減らし、ゆっくりゆっくり死んでいくか。
 どちらにしろ、未来はない。
 だけど未来が無いなら、好き勝手やってもいいじゃないか。

「ねえ、有海」
 A美さんはベッドをさすりながら、囁くように言った。
「何?」
「私、やっぱり、有海のアプリ入れて貰うのやめる」
「へえ」
「学校のクラスメイトとかも、割と死にたい人とか多いみたいで、ブレザーの袖から赤線ばかりの手首がチラッと見える人、一日に3回とか見る日もある。そういう子たちと『家族』みたいなの、って作れないかな、って。それで認証アプリや当局に目付けられたら、また有海を頼るよ。有海私の両親殺すかもしれないんでしょ? また会うはず」
「うん。よかった。実は今ボスとメールしててね。相談した結果、唐突過ぎるから、A美の認証アプリ書き換えと組織入りは駄目だ、と連絡が来た。あと、A美の両親、クビになったから、暗殺命令は取り下げになった。どちらにしろ、監視はしろということだから、またA美とは会うだろうね」
 怒鳴り声が聞こえたので、A美さんはドア越しからひそかに覗くと、父親がスマホ越しに絶叫し、母親は隣で落胆していた。
 こんなものか、こんなものだよね。
 A美さんは反政府活動への夢を、胸の中で膨らませた。(了)

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