中編小説「青臭いフェイクと味気ない真実」4

何気ない日常や青春にSNSや過去の記憶が浸透し、青臭さが暗く肥大化したとき、惨劇が起きる。そして登場人物の真価が試される。「今を生きる人々誰もが無関係ではいられないテーマ」の小説!第四弾!


第四弾あらすじ;ヒカリとの記憶、ユウタとのメール。「薄っぺらくない」二人との時間を手掛かりに、「俺」は今一緒にいる「薄っぺらい」トオルに言葉の一撃をかますが、それは当て擦りに過ぎず、トオルの痛い反撃を受ける。暴走しだすユウタのメール。途方に暮れだす「俺」に、トオルが必殺技とばかりに更なる「真実」を繰り出す!!


ん? 昨日ヒカリは俺といたけどな。まあそりゃトオルといてから俺と会ったのかもしれないけど、でもトオルはミキとイチャイチャのはずだしな。ユウタからのメッセージが、ポッと携帯に表示される。彼のメッセージは続く。

 そりゃあ、起業云々の話から、怪しいと思ってたけどさ。あ、今日夜空いてる? 今大学にいるけど、色々話したいこともあるし。

どうしようか。今、また細い道に入ったところで、突き当りT字路に向かって、速足で歩くトオルが目に映る。正直、このままトオルと夜まで居続けるより、ユウタと呑んだ方がいいんじゃないかと思った。とりあえず、この先T字路右に曲がって歩くと階段に着くから、そこまでに決断して、ユウタに返事しよう。

 T字路を右に曲がって歩くと、左側に高い緑のフェンスと学校が見えてくる。ここは散歩コースの中でも最も好きな場所の一つだ。校庭をコの字に囲むように、四階建ての白くて大きな校舎がその威容を見せている。校舎の背後には、赤や緑の古びた、細長い建物がいくつか並んでいる。多分学校の校舎より古く、目に映る景色の中に、複数の時代の層があるのを感じる。映写機がまた、回り出す。
 

 さっきの中華料理屋で煙に覆われ、行き着いた先は、まさに細長い建物の屋上だった。隣にはヒカリがいる。手を広げ、目をつぶって、風を感じている。長い黒髪が後ろにサラッと広がる。日光に触れる白い肌。

 少し前に見える白い校舎。校庭で遊ぶ生徒。中華料理屋の通り。パイナップルの建物の通り。高速道路。コンベアに運ばれていくかのような車の列。長い坂。散歩して来たコースが、ヒカリと歩いた道が続いていく。新しいビルだけじゃない、モザイクの景色が果てなく続き、太陽が街を一色に染めている。光の絨毯。

「よくリク言ってたよね。どの建物が一番古く建ったのか見つけるのが面白いって。さすがに東京タワーでやったときは高すぎてよく見えないし無理でしょ、て思ったけど」
「ああ、あったねそんなこと。小説の題材のためにやってたんだ」
「そうなんだ。リクがサークル誌に載せてたやつかな。本当に面白かったよ。学校の屋上から、城が見える中学校に通う主人公が、城下町が栄えてた戦国時代にタイムスリップしちゃって、城の天守から小学校があった方角と場所をつきとめて行ってみるんだけど、土を掘ると校舎の欠片みたいなのがあって、今いるのは実は戦国時代じゃなくて未来で、一度人類は滅んだんじゃないかと思う。それで一回絶望した後、自分の家族とかが滅ぶまでどういう生活してたか、手掛かりを探すっていう。私よく覚えてるよね。すごくない?」
 
ガッツポーズをしながら夢中で話すヒカリ。屋上にいるのは映写機のフィクションだけど、ヒカリは確かに俺の小説を評価してたし、ユウタもよく誉めてくれた。

俺の小説と同じで、過去だと思ってたものが未来で、後だと思ってたものが先ということもある。逆も然り。まるでトオルやミキは自分がミクスズに入る前の仲間や自分自身はいなかったかのように振る舞うけど、そんなことは無いし、俺の小説を読んでくれて内容について、ヒカリやユウタと話したりした方が先だし、リアルな思い出だ。

 映写機が少しずつ止まり、現実に戻る、緑色のフェンスを横目にトオルの後を歩く俺。だけど同時に屋上にもいるような気分。近くにヒカリとユウタがいるような、不思議な高揚感。お前最近話さなくなったな、と言ってたけど、いくらでも話すよ。言いたいこと、言うよ。

「トオルはさあ。俺が変ったって思う訳だよね」

俺の前を歩くトオルが立ち止まる。

「俺は多分、変わってないと思うんだよな。トオルに対する態度も変わってないと思うし普段の生活も変わってない。俺は今まで通り本読んで、文芸サークルにいて、友達と時々旅行したりして、あくせくし過ぎない程度に、一つ一つ味わいつつ生きてるよ。ははは」

少しずつ険しくなるトオルの表情。細い目が更に細まる。そういう顔をされると逆にもっと喋りたくなる。

「ほら、ミキとかさ。行った国の数でさ、旅行とか留学とか競ってない? それで海外ボランティア云々とかさ。まあそれも良いと思うよ? なんだろう。SNSのそういう人たちの写真見るとだいたい水着姿で晴れの浜辺で並んでる写真とか、船の上でガッツポーズしてる写真とか、はい夕日取れました写真とか、摩天楼の下で遊んでます写真とかさ。でポエムのっけてさ。そういうのも充実してそうでいいと思うけど、経験そのものが携帯画面の枠に収まっちゃう感じはするよね」

 喋ってる途中までは、気持ちが興奮してたのに、喋り終えると沈黙のせいか、気持ちは冷めていた。トオルの返事を待って身体が前のめりになる。言い過ぎたという後悔と、でもトオルも散々変なこと俺に言ったし、という気持ちがせめぎ合っている。

「ふうん、お前はそう思ってるんだ」

 真顔のトオル。

「ミキや俺がやってることって、まあ自分で言うのもなんだけど、行動力がいるし、最初の一歩で勇気もいるし、企画によっては時間使うんだよね。俺はなるべく効率化したいけど。本読んだり文章書いたり、まあ難しくて分厚いのは別なんだろうけど、正直社会人になっても通勤中とかに読んだり仕事から帰ってからできるようなことじゃん。そういうのとは違うと思ってる。簡単にホイって消費できない時間だから」

 なんだろう。俺とトオルの関係で、開けるべきじゃない扉を開けている気がする。

「まあそういうのは押し付けるものじゃないし人それぞれだけどな」

 俺はトオルに当て擦りみたいな会話をぶつけた。トオルも似たように返した。何か言い返さないと、トオルに上から蹴られたようで、今後会いたくなくなるかもしれない。だけど言葉が出ない。さっきは絶好調で回っていた映写機は、壊れて止まっている。
 階段の前まで来た。長い階段を見上げる。左側にはフェンスに囲まれた校庭と校舎。右側には体育館などの施設があり、学校に挟まれている。階段の真ん中は校舎の二階の通路と繋がっていて、体育館側にそのまま出れるようになっている。グラウンドの声以外静かだ。なんとなく、田舎のような雰囲気。

 階段を登らず立ち止まる。トオルは俺の横でスマホを見ている。
 そういえば階段に着いたらユウタと呑みに行くか返事するって、さっき決めてたな。無理。決めれない。多分、ユウタに今日のことを言えば、トオルは最近ヘン、というのをベースに、彼と盛り上がれるだろう。だけど、自分から当て擦りしたのに、トオルの当て擦りに対して言い返せなかったことは変わらない。読むこと書くこと、長く大切にしていたことを間接的にでも軽く言われて、言い返せなかった。本当は自分の中で、大切にしきれてなかったのかもしれないけど。

 下を向いて、スマホを見続けるトオル。
 速く登れよ、って思う。なら俺が登ればいいか。

 いっそのこと用事あるからって、抜けてしまうか。でもユウタと呑む気にはいまいちなれないし、一人でいるのも微妙だ。頭の中で誰か会えそうな人をグルグル探すけど、虚しくなる。

 結局俺はトオルと同じようにスマホをポケットから出し、下を向いた。階段の前で二人並んで、登りもせず下を向く。傍から見たら、妙だろうな。

 ユウタの誘いには答えず、さっきまでのことをかいつまんでメッセージする。
 すぐに既読が付いて、すぐに返信が来る。少し気分がラクになって、階段を一段ずつゆっくり登る。返信は何度も続き、長くなり、途切れない長文になった。

 そりゃあひどいよ。俺たちは心配して言ってる訳じゃん。同じこと言うけど昨日ヒカリも心配してたぞ。SNSクリックして友達の友達とか誘った関係なんて長くは続かないって。パーティとか数揃えてさ。友達の友達の友達、みたいな感じで増えていく訳でしょ。お互いを知ってるんだか知らないんだか、あべこべな人の海だよまさに。プロフとか色々書いてても友達の友達の友達の友達なんていくとプロフも全部本当か分からなくて、匿名みたいなもんだよね。変な勧誘とかするやつも混じってるんじゃないの。てかトオルの口振りとかふるまいとか、もう騙されてるって感じだよね。それか自分で自分を騙してるとか、ははは。まあさ、俺たちはさ、朝起きて大学行って授業出てサークルやったりバイトしたりしてさ、時々呑んで、旅行も行ってさ、リクは本読んだり物語書いたりとか、俺も趣味とかやったりしてさ、自分相応の持ち分みたいなのを守ってるけどさ、トオルとかミキは、匿名の海に溺れちゃってる気がするんだよね。背伸びばっかして、SNSによくアップしてる集合写真とか、俺達からするとみんな知らねえし、よく見るとみんな同じ笑い方してるし。
中学の頃いた綺麗ごとばっか言って成績良いからいばれてる学級委員とか、成績表で目輝かせて愛してると言う親とかと、似たような腐臭がするわ。
 ユウタ。お前。彼からの長いメッセージを見て残る、心のしこり。

 階段の真ん中まで来た。下を見ると、俺より更にゆっくり、トオルがスマホを見ながら階段を登っている。さっきの俺もこんな感じだったんだろう。
 しかし彼は一瞬俺の方を見上げ、気づいたように速足で階段を登り出した。

「リク。そうだ。いつ言うか、迷ってたんだけど」
 俺の真横に来て、スマホ画面を俺に示しながら言った。
「俺とヒカリ。付き合ってるんだ」(続く)

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