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中編小説「青臭いフェイクと味気ない真実」1

何気ない日常や青春にSNSや過去の記憶が浸透し、青臭さが暗く肥大化したとき、惨劇が起きる。そして登場人物の真価が試される。「今を生きる人々誰もが無関係ではいられないテーマ」の小説!第一弾!

第一弾あらすじ:昔の女友達の軽薄さを思い出し怒りを感じた主人公。そんな彼は久々の友人と再会し、長い「東京散歩」を始めるが、ある「きっかけ」に引き込まれる……

 「なんかしょうもない奴らだなって、思っちゃった」


 口に手を当てて笑う女子。カールさせた金色の長髪が目立つ。高い声が教室に響く。
彼女の斜め後ろの椅子に座って、真顔で耳を傾ける男子。キツネ目で細い顔の短髪黒髪でなんだか冴えない。金髪カールの笑い声と話は止まらない。


「合コンで最初はうんうん頷いてるの。首をこくこく動かしながら。でも話が続かないと焦り出して、結局は自分の話に持ってくわけ。俺はこれができる。俺はこんなに凄い。俺はアイツよりも、とかさ。人と優劣付けちゃったらその時点で人としてしれてるよね。まるで……」


 鼻で笑い、一呼吸おいて、渾身の一撃とばかりに話を締めくくる。


「池で餌に向かって、口をパクパクさせている鯉みたい!」
 教室中に響き渡る高音。
しかし途中で笑い声は不自然にトーンダウンし、寂しげに微笑みながらあること呟く。
でもまたすぐ、ニカッと笑いながらいつもの調子で話し出した。
 俺はミキを見て思う。そういうことを楽しげに話している限りは、お前は合コンに来て
た男たちの同類なんだよ。

(場面転換)

 久しぶりの再会は懐かしいというより、妙にソワソワしてしまう。気持ちも落ち着かず駅の階段を登る足が速くなる。二段、三段飛ばしで駆け上がる。徐々に、喧騒と地上の眩しさを切り取った四角が大きくなる。やがて四角が自分より大きくなり、地上に包み込まれた。
 顔に当たる冷たい風。上着のポケットから手袋を取り出してはめる。交差点。車道の向こう側には人々を飲み込んで吐き出す、緩やかな坂があって、休日で賑わっている。俺は坂に背を向け、坂と真反対の橋を渡った。橋の下には電車の線路が無数に伸びている。少し離れたところには、古いものから新しいものまで、低いものから高いものまで、数えきれない建物が背伸びをしている。ぼんやりした、冬の晴れ空へ。
 橋を渡りきったところに、すでにアイツがいた。灰色のコートを着て、ポケットに手を突っ込んで立っている。キツネ目で冴えない雰囲気の、トオル。


「久しぶり。悪い、五分程度遅れた」
「そんな、いいよ」


 トオルは第二外国語クラスで一緒になった。サークルとか必修とか語学とか、バラバラな経路で知り合ったヒカリ、ミキ、トオル、ユウタ、俺の五人組の一人だ。


「こっち行こう」


 トオルが速足に横断歩道を渡る。旗を振る、大きなリュックをかついだお年寄りの集団とすれ違う。横断歩道を渡って真っすぐ進むトオル。小走りで付いていく俺。正直、歩くスピードが前よりも速くなった気がする。
 歩道が二つに分かれ、右手が坂になって、緑地帯になる。俺たちはそのまま真っすぐ歩く。車道挟んで左の反対側は、見上げるような建物や、ガラスケースのような建物が並んでいる。


「そういえば、最近どう?」

 トオルがスッと俺の真横に入りながら聞く。

「変わらず。授業、サークル、バイト、読書。だいたいこのサイクルを繰り返してる」
「ふうん」

 態度も喋り方も、変わった気がする。冷たい空気をクラクションが切り裂く。緩やかな坂道を下って来た自転車が、坂道を登ろうとする自動車に接触しかけていた。青ざめる自転車の青年。ここらは緩い坂が多い。太い道に、細い根っこみたいな坂がいくつも接続している。


「俺はさあ。最近色々やってるんだよ。スマホのスケジュール帳が星だらけ」
「そうか」


 前だったら、面白かった授業と眠かった授業は?とか、文化祭サークルで何かやるの?
とか、聞いてきた気がする。
大学の前を通る、正門があり、コンビニがある。改築中の建物があり、ガラスケースみたいな小さな建物がある。奥には階段があり、迷路のように入
り組んでいるのがここからでも分かる。バラバラと正門から学生が出たり入ったりする。
大学を過ぎて、小さな交差点に差し掛かる。真っすぐ駅の方へ行くか、右で橋渡るか。左で緩やかな坂を上るか、それとも……


「よし、今回も、御茶ノ水駅まで行くかあ」


 呟くように出た俺の独り言。今日の一大決心。これで半日近くは潰れる。飯田橋駅、もしくは大学を起点に、徒歩で御茶ノ水駅、正確には駅近くのニコライ堂まで歩くお散歩コース。これを俺達は半年に一回はやっていた。逆にニコライ堂から大学まで歩くこともした。ニコライ堂はヒカリのお気に入りで、いつかヨーロッパに五人で旅行したい、ヨーロッパにはニコライ堂みたいな教会がたくさんあるはず、と彼女は言っていた。一回スケジュールも五人揃い、自由行動メインのツアーも予約していたところで、トオルの急用でキャンセルになった。
 普段はあまり自己主張しないヒカリが、ヨーロッパ旅行は割と推してたから、キャンセルには残念がっていた。ミキと違って、彼女はベラベラ喋らない。
 小さな交差点を曲がる。一番目立たない、大学横の道。そびえ立つビルのようなキャンパスのせいで、道は影が覆い、昼でも薄暗い。そしてここも緩めの坂。コートのポケットに手を突っ込み、下を向きながら歩くトオル。聞かなくても、雰囲気で分かる。長距離散歩に賛成だと。
 突き当りは黒い柵になっていて、柵の向こう側は緑地で、木々が鬱蒼としている。右に曲がって、柵に沿って歩く。反対側には家とか、低い建物が並ぶ。ところどころ黒ずんだ白い建物が多く、マスクをした作業着姿の若者が走り回り、ゴミを回収している。若者が間近で走り回るのを全く気にせず、寝間着姿で杖を付いて歩くおじいさんもいる。
今すれ違った二人を見て、二人にはこの街で長い散歩コースなんて考えてないだろうけど、俺達より道を知ってるんだろうな、とぼんやり思った。俺もトオルも、東京に近い郊外出身だ。ここで生活している訳じゃない。
 大通りに着く。赤い歩行者信号。立ち止まりながら俺は何故か、トオルに対して話しにくさを感じる。横にいるトオルと目が合う直前で逸らして、下を向いてスマホ画面をタップする。SNSを開く。ミキの投稿とかを見るのが嫌で、久しく触らず、通知もオフだった。一つだけ来ているお知らせは見ずに、SNSの検索画面に素早く名前を打ち込み、ズラッと出るリストから名前と写真が合ってるのを発見。途切れなく続く投稿写真。スーツ姿でズラッと並んでピースしている集合写真。エメラルドグリーンの海と砂浜をバックにズラッと水着姿がジャンプしている写真。バーベキューをしている写真。全ての写真に並ぶ、プラスチック感のある、無機質な笑顔。本当にトオルのページかこれ。間違えたか?
でも最初の名前と写真は確かにトオルだったはずだ。
「おい、青だぞ」
 トオルに肩を叩かれ、慌てて携帯をしまい、横断歩道を渡る。さっさと歩くトオルに付
いて、再び細い道へ入る。ふと、ひと昔前のことを思い出した。

(続く)


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