兄妹(フィクション短編、1570文字。)


トントン。僕の部屋のドアがノックされる。

…まただ。

正直、無視したいな、と思いながら、
僕は声をかける。

「ちぃちゃん、どうしたの?」

千佳「あっくん、あのね、ごめんね。」

歩「いいよ。なんかあった?」

千佳「あのね、えっとね、
   今日もね、眠れない…。」

僕は 思わず、深々とため息をついた。
眠れない、じゃないんだよな…。

それを言いにくることで、
僕まで眠れなくなってしまうことを、

妹の千佳に いい加減、自覚してほしい。

歩「どうしてほしいの?」

千佳「あっくんとねんねする…。」

甘えたような声を出す妹に
吐き気を覚える。

歩「ちぃちゃんは何歳なんだっけ?」

千佳「24歳。」

そこでドヤ声を出さないで、
自分の異常と狂気を自覚してほしい。

僕は25歳なんだけど、
僕らには両親がいないので、
ずっと僕が妹の親代わりをしてきた。

おそらくそのせいで、
この妹は、とにかくなんでも、
僕に言いさえすれば
解決してもらえると思い込んでいる。


歩「24歳は、ひとりで眠れるし、
  睡眠のことを、ねんねとか言わないよ?」

千佳「あっくんの意地悪!
   おに!
   ちぃちゃんが眠れなくて死んでも
   あっくんは泣かないんだ!」

僕は再度ため息をついた。

歩「ちいちゃん、
  この前も教えたよね?
  ちいちゃん、じゃなくて、
  わたし、って、言うんだよ?」

千佳「うぅ〜…。うぁああん。うぇええ〜ん。」

はぁ。寝ぐずりする24歳なんて
妹のほかに地球上に存在しないだろうな。

むしろ今この瞬間、
妹だけ地球から失せてほしい。

歩「ごめんね、ちぃちゃん。
  自分の部屋に帰って寝な。」

千佳「む、むり、ムリ、無理…。」

歩「無理じゃないでしょ!?」

思わず流石に大きな声が出た。

千佳「あっくんが怒鳴ったぁ〜…。
   ひっ、く…。ぐすんぐすん…。」

僕は説得を諦めて、部屋のドアを開けた。

涙と鼻水で、ぐじゅぐじゅになった顔を晒した、

惨めな女がそこに立ち尽くしていた。

僕が呆れ果てて何も出来ずに
その女を眺めていると、

千佳「あっくぅ〜ん…。」

情けない鳴き声を出しながら、
ぐじゅぐじゅの顔を僕の胸にくっつけて
すり寄ってきやがった。うわぁ。ないわぁ。

歩「ちぃちゃん。離れて。」

これ以上ないくらいに凍てつく声をかけた。

千佳「え?えへへ、ぎゅぅ〜〜。」

あろうことか細腕を2本使用して
僕の腰を捕まえてしまった。なんだこいつ。

歩「あのね…。」

千佳「なぁに〜?」

あっ。こいつに何言っても無駄だ…。
話通じない系のひとだったんだ…。

それならば。

ここは、こいつに合わせたフリをして
こいつの部屋にお帰りいただこう。

歩「よし、一緒にねんねしよう。」

千佳「…ほんと!?」

妖怪顔ぐじゅ女は、醜い顔をあげて
こちらへ微笑んでみせた。不気味だ。

歩「ほんと、ほんと。
  だから、一旦離れて、
  まず僕と手を繋ごうね。」

千佳「繋ごう〜。」

顔ぐじゅ女が離れたあとの
僕のパジャマはどろどろだ。

まったく。

でも、僕の手を握る手は確かに
僕の妹の手だった。

歩「ちぃちゃんの部屋に行こうね〜。」

幼児向け番組の進行役になった気分だ。

千佳「行こう〜。」

あからさまに機嫌の良い妹。現金なやつめ。

ちなみに妹の部屋は
僕の部屋のすぐ隣だ。

妹は嬉々として、
妹の部屋のドアを開け放った。

歩「ついたね、ちぃちゃん。
  お部屋に入ろうね。」

千佳「ついたよ、あっくん。
   一緒に入ろうね〜。」

にこやかに部屋へと誘う妹。

僕はさりげなく、
妹を先に部屋へと押し込む。

歩「入ろうね、入ろうね…。」

千佳「あれっあれれっ。」

キョトンとしながらも、
おとなしく部屋へと押し込まれる妹。

妹だけ部屋に入れたところで、
僕は外側からドアを閉めた。

歩「それじゃ!おやすみ!!」

千佳「そんな〜!あっくん〜!!」

妹が何か喚いていたが、
僕の知ったことではない。

僕は僕の部屋へと逃げ帰り、
頭まで布団をかぶって
朝までぐっすり睡眠した。

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