見出し画像

映画へGO!「PERFECT DAYS」

(※多少のネタバレあります)
ほとんど何も起きない映画と言えばそうですね。
起きた最大の出来事でも、主人公の妹の娘が家出してきて、自分のアパートを訪ねてきたこと。
それでいて、日々起きるささやかな揺らぎや出会いが、観るもののココロを静かに震わせる、とてもエモーショナルな映画だと感じました。

東京・渋谷のトイレ清掃を仕事にしている平山さん(役所広司)は、毎日繰り返されるルーティンの中で淡々と自分の人生を生きています。

決まった時間に起床。台所で歯を磨き、家の前の自販機から缶コーヒーを買い、移動中カセットテープで好きな音楽を聴き、仕事終わりには銭湯に浸かり、馴染みの居酒屋で一杯飲り、レオンがそうしたように家の植物に愛おしそうに水をやり、寝る前には古本屋で1冊100円で手に入れた文庫本を読み、そして気がつけば眠りについている・・。

こういうサイクルがグルグル何周も続いて描かれるのですが、不思議と退屈せずに観ていられるのでした。
それは、”平山さん”として設計された人物造形の中に、役所広司がのっけからピタリと入り込んでいるので、まるでドキュメンタリーを観ているかのように、「この人のことをもっと知りたい」という感覚を与えてくれるからだと思います。

都度シーンに絡んでくるのが、渋谷区のいろんなタイプのトイレや懐かしいロックミュージック。淡々とした流れの映画に心地よいリズムや奥行きを生んでいます。

そして、主人公を取り巻く登場人物もそれぞれチャーミングなのでした。中野有紗、アオイヤマダ、石川さゆり、三浦友和、田中泯、麻生祐未、甲本雅裕、研ナオコ・・・and so on。キャスティングとその使い方が本当にセンスがあり、地味なつくりの映画ながら、どこか華やかな印象も心に残りました。

さらに印象的なのは、時折インサートされる、平山さんの夢の世界をビジュアルインスタレーション化したようなシーンです。何の変哲もない日常の風景や出来事が夢の中で再生され、まるでそれが記憶の引き出しにひとつひとつ定着していくかのようなシンボリックな映像演出になっていて、この映画の主題を隠喩的にも示唆していると感じました。

日々を丁寧に大切に生きること、そうすることにより世界を美しいものとして感じ取ることができるのだと。

世界をこういうカタチで描けるのは、さすがヴェンダース監督ですね。エンターテイメントでもなければ、ただのドキュメンタリー的な手法にも還元されていない。ヴェンダースの映画としか言いようがない。

そしてクライマックスとも言えるエンディング。これは名シーンですね。
役所広司の涙ぐむ表情の変化を長回しで堪能できるのですが、気がつくと映像と同じテンポで自分の眼にも涙が湧いてくるシンクロ体験を味わいました。これを計算して作っていたとするとさらに凄い映画だと思った次第です。

最後の最後に浮かび上がった引きの揺らいだ風景は、ヴェンダースの名作「パリ・テキサス」のラストとうっすらと重なりました。切なくも良い余韻が残るのでした。

個人的評価:★★★★★
東京を舞台としたこういう地味な題材に、ヴェンダース監督が取り組んでくれたことに感謝ですね。ロストイントランスレーションでも感じた、東京の風景のカッコよさも体感できる映画です。役所広司がとにかく素晴らしい!


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?