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観客席を見つめて 第1話 ある辻選手ファンの友達の話

スポーツを夢中で応援するファンたち。
ファンにももちろん、それぞれの人生があります。
好きなチームや選手を応援するきっかけも、理由も、人生にどんな意味をもたらしたかも、ひとつとして同じものはないはず。
そんな観客席を見つめた物語を蒐集したくて、この不定期連載をはじめます。
第1話は、Bリーグ広島ドラゴンフライズ・辻直人選手のオンラインサロン「#TEAMNAOTO」を通じて知り合った友人、ともまるさんのお話です。

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上品な淡い色の振袖を着て、後ろ手に私も一番好きな選手――辻直人選手の名前が入ったタオルを持っている女の子。写真の中のそんな後ろ姿を見たのが、私とともまるさんとの出会いだった。

振袖姿の写真は成人式の前撮りで、今は大学3年生。夢は先生になること。オンラインサロン内の配信で将来について辻選手に相談している姿は、まだ成人して間もないと思えないほどとても明朗で、画面越しに感心しきりだったことを覚えている。

彼女がオンラインサロンに入るほど辻選手を好きになったきっかけは意外なものだった。
元々バスケットが好きなともまる一家。中でもお母さんがBリーグ初年度ファイナルでの川崎ブレイブサンダースの奮闘を見たのがきっかけで、すっかり川崎ファンになったそうだ。しかし意外にも彼女がお母さんと一緒にホーム・とどろきアリーナに行くのはそれよりだいぶ後のことになる。初観戦のきっかけは地元の平塚で行われる試合で招待券をもらったこと。対戦相手は新潟アルビレックスBBだった。当時の新潟には、プロバスケ選手で一番好きだったという五十嵐圭選手がいて、彼女にとっては五十嵐選手を見られるのが一番の楽しみ。 ホームの川崎には興味がない状態で試合当日を迎えた。

そこで目にしたのは、川崎の選手たちが見せる泥臭く身体をはったプレーの数々。試合を見るまで思い描いていた「プロはクールにプレーしているんだろうな」という予想をいい意味で裏切られたともまるさんは、お母さんと同じ川崎ファンになる。
その中でも特に目をひいたのは、絶対的キャプテンシーでチームを引っ張る篠山選手。ともまるさんは帰宅してお母さんにこう話しかけた。

「篠山さん、かっこよかったな〜」

しかし、母の返事は思いもよらないものだった。

「お母さんとかぶるから篠山さん推しはちょっと……。辻さんにしたら?辻さんも人気だし」

そう、ともまるさんのお母さんが好きな選手は篠山選手だったのだ。
娘と仲良く同じ選手を推すことになるのを喜ぶかと思いきや、まさかの同担拒否。
しかし母の進言もあってか、彼女は辻選手に自然と注目するようになり、徐々に惹かれていく。

ともまるさんが辻選手に感じた魅力。それは会場の空気を一変させるスリーポイントシュートの破壊力だった。
劣勢の場面でも、辻選手のスリーひとつで会場中にワッという歓声が響く。その光景を何度も目の当たりにするうちに、彼女は確かに感じたそうだ。

「この選手についていったら楽しそう!」

その直感が間違っていなかったことを象徴した試合は、2020年1月に行われた天皇杯決勝だった。主力ポイントガードの篠山選手と藤井選手が怪我とインフルエンザで相次いで離脱。普段シューティングガードの辻選手が、準決勝から急遽ポイントガードを任されることになる。
「大丈夫かな?」という不安も確かにあった。しかし準決勝の宇都宮戦で辻選手がシュートを高確率で決めていたのを目の当たりにしたともまるさんの心中は、辻選手を信じる気持ちが圧倒的に上回っていた。

「辻さんに任せたらきっと大丈夫だ」

急ぎ行く予定のなかった決勝のチケットを取って試合会場に足を運んだ。
結果は準優勝に終わったものの、辻選手は慣れないポイントガードをこなしながら23得点を記録。期待を裏切らない活躍を見せた。

「あのとき、負けはしたけれど、見に行かなければよかったとは全く思わなかったです」

彼女がより強く、辻選手についていこうと決めた試合だった。

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ともまるさんと話をしていて、ふと、綺麗に磨かれた鏡のような人だなと思った。
鏡が光を反射するように、周りの人たちの言葉や言動を素直に受けとりつつ、自分自身を輝かせてさらに周囲まで明るくしてくれる、ピカピカの鏡。
辻選手からも、彼女はポジティブな影響をたくさん受けている。
彼女はコロナ禍で大学生になった世代。入学当初から授業はオンラインで、せっかく入った大学にも通えずなかなか友達もできない中、これから大丈夫なのだろうかと落ち込むこともあった。
そんなとき、川崎ブレイブサンダースの企画で、辻選手とのオンライン交流会が開かれた。彼女が今の状況を相談すると、辻選手は「今は辛くても、これからいいことが必ずある」と優しく励ましてくれた。「その言葉を聞いて踏ん張れた」と彼女は回想する。辻選手の言葉は彼女の心にしっかり響いて、2022年の今も諦めずに先生になるための勉強を頑張っている最中だ。

その交流会から約1年後。辻選手の移籍が決まった。
今まで自分が住む神奈川県にある大好きなチームにいた辻選手が遠く広島に行ってしまう。移籍が決まった当初は気持ちがぐらぐら揺れる日が続いた。来シーズン、私は川崎を応援すればいいのか、辻選手を応援すればいいのか。そんな中、どちらのチームのファンクラブに入るかも決めかねているとき、お母さんがこうアドバイスしてくれた。

「ちょっとでも好きならどっちも入ればいいと思うよ」

気が抜けるほどシンプルな助言。それがすとんと腑に落ちたともまるさんはどちらも応援しようと決意し、ファンクラブも両方入ることにした。
そして2021-22シーズン。彼女は立派な兼任ファンになった。
広島vs川崎の試合では一人で広島まで足を運び、土曜日は広島側、日曜日は川崎側の席に座って楽しそうに応援する彼女の姿をよく覚えている。
少し考えすぎてしまうこともあると言っていたともまるさん。お母さんと辻選手の言葉に通じる”芯の通ったシンプル&ポジティブ”が、彼女の鏡みたいな心によく反射して、一歩進む勇気を与えてくれているのかもしれない。

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インタビューの最後に、情熱大陸みたいな質問をした。
「ともまるちゃんにとって、辻直人選手とは?」
彼女は少しだけ考えてからはっきりとした口調で答えてくれた。
「頑張るエネルギー源、ですね。辻さんが頑張っているから、私も一緒に頑張れます」

実は彼女に辻選手の魅力を聞いたとき、こんな言葉が返ってきていた。

「オンラインサロンに入ってますます思ったのですが、人間ぽさを出してくれるところです。アスリートとかアイドルとかって神様みたいな感じがしちゃうけど、辻さんは違う。自分の弱い部分を人に打ち明けられる強さを持っている方なんだと思います。そして、その悩みや葛藤を乗り越えて、コートの上では100%の力を発揮してくれていると思うと、もっと応援したくなります」

確かに辻選手は底抜けに明るいお調子者キャラに見えて、実は自他ともに認める”ガラスのハート”で、時々落ち込んだり、自分のマイナスな一面も素直に出すところがある。私も同じ辻選手ファンとして共感するところで、うんうんと頷きながら話を聞いた。
でも、それでこそ人間らしい。太陽だって雲がかかって影になる日もある。ずっと明るいだけの人なんてきっとこの世にはいない。
そんなリアルな人間らしさを表現してくれる辻選手にともまるさんは共感して、「私ももう少し頑張ろう」と、自分を奮い立たせているのだろう。

ともまるさんは先生になるべく、自主的に教育の場が学べるセミナーに参加したり、バイトでも塾の先生をしたりと毎日忙しく過ごす日々。いよいよ来年には教育実習が控えている。
そういえば、なんで先生になろうと思ったの?と聞くと、「中学時代の先生がとても素敵な人で、それから先生になろうと思った」とのこと。しかも、塾でたまたまその先生のお子様が自分の教え子になったそうだ。それはすごいご縁だねえと驚いていると、彼女は笑って言った。

「人には恵まれてるかもしれません」

ふと辻選手も同じことを言っていたのを思い出した。
人に恵まれていると思うのはきっと、自分でひたむきに努力して、誰かのせいにしていないからだろう。2人の素敵な共通点。

辻選手の頑張りを原動力に、ともまるさんが努力を続け、いつか、「先生になりました」。
その報告を辻選手が聞いてさらに頑張ろうと奮起して、それを見たともまるさんが……これ以上によい無限ループってないんじゃないだろうか。
そういえば、辻選手の好きな言葉のひとつは”Infinity Good Luck”。
Infinityは、無限という意味だ。

光を鏡で反射すれば、その輝きは光源に還ってさらに輝きを増すことだろう。
その日が来ることを、友人として待ち遠しく思っている。

(了)

2022年4月20日、横浜BCvs広島にて。
ともまるさんの誕生日前日だったこの日、彼女の地元平塚で試合があったのも、運命めいたご縁を感じます。
彼女がこの笑顔をずっと見続けられますように。

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