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誰もこの世界の真実を知らない(2)【短編集:創作1000ピース,46】

【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。全6話で完結。

【前話】

 それは突然の出来事だった。

 職場の窓ガラスが一斉にキシキシと騒ぎ出した。歪んだ音が俺の心を掻き乱す。
 なんだろうと思う間もなく、地面から突き上げられ、衝撃が走る。書棚がダンダンと激しい音を立てて上下した。

 地震だ!

 職場の人間は次々と机の下に身を隠した。

 俺も机の下に隠れ、しがみついた。そうしないと不安だった。

 書棚から分厚いファイルがバサバサと落ち、机の上の書類が崩れていく。

 経験したことがない揺れだった。

 身を潜めている間も揺れはおさまらず、弱くなっては強くなり、また違う方向から力がかかるので余計に俺たちを怯えさせた。

 最初の揺れから5分くらい経っただろうか。天井の吊り看板を見て、振動が微弱になったと確信した。

 振動が遠のいても、余韻でまだ強く揺れているような感覚が残っている。ひとりが恐る恐る顔を出した。

「……おさまったな」

 息を潜めていた職場の人間も次々と顔を出す。

「かなり大きかったね」

「被害が無いか確認してきます!」

 安堵の声と状況確認の声が飛び交い、職場は慌ただしく動き出す。
 書棚の中身が半分程度落ち、多少配置が動いたくらいで、大きな被害はなかった。

 職場は徐々に日常業務へと戻っていった。
 俺は呆然と椅子に腰掛け、気持ちを切り替えられずにいた。こんなに胸がざわついたのは久々だった。

 まだ続く胸騒ぎを落ち着かせようと、会社の窓から景色を見た。
 遠くの方に観光名所の電波塔が見える。まっすぐと、異常なくそびえ立っていた。

「大丈夫そうだな」

 ふぅと胸を撫で下ろした俺は、仕事を再開しようとしたが……。

「あれ?」

 視界の端に違和感を覚えた。

 ヒビ割れだ。

 空がヒビ割れている。

 黒いボールペンで一本線を書いたようなヒビが縦に入っているのである。

 俺は自分の目を疑って瞬きをした。

 何度も何度も目をこすり、目蓋を閉じてから見るが、それでも景色は変わらない。

 このヒビは幻なんかではない。

 恐る恐る同僚に声を掛けた。

「なぁ……あれ……」

「どうした? 川本」

「空……、おかしくないか」

「……ん?」

「……あそこだよ」

 俺はヒビ割れを指さす。指先が震えていた。

「……あぁ、あれは地震雲だな」

 彼は俺が見ているものとは全く違う景色を見ていて、ヒビ割れには気づいていない様子だ。

 そんなもの、彼の視界には存在していないようだった。

 俺にしか見えていないのか?

 おかしい。何が起こっているんだ。

 空のことを誰かに聞く勇気はない。

 誰かが空の異常に気づいてくれることを願ったが、誰も何も言わなかった。
 俺は窓の外から目が離せない。

 いい加減仕事を再開しようと、無理矢理PCモニターに視線を移すと、妙な胸騒ぎがした。

 ピシッ……——

 亀裂が走る音だ。

 空を見ると、ヒビ割れが大きくなっていた。

 一本の黒い筋が二本に枝分かれし、その片方の先にもまた短い亀裂が生まれていた。

 誰も空を見上げない。異常事態に気づき、畏怖する者は誰もいない。

 ひとり取り残された状況に俺は恐ろしくなった。

 このヒビ割れは俺にしか見えないらしい。

 ……今のところは——

<続>

*** 「創作1取り組みについて取り組みについて ***

 たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。

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