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【読書感想文】折口信夫『口ぶえ』

折口信夫の『口ぶえ 折口信夫作品集』から表題作「口ぶえ」を読了。

普段はnoteで読書感想文を書くことはないのだけれど、SNSで書くにはあまりにも長くなりすぎたので見逃していただきたい。

民俗学者として有名な折口信夫の私小説『口ぶえ』。
行頭下げがなかったので、ページを開いた瞬間に閉じたけれど、気を取り直してなんとかちまちま。
想定以上に文体が読みにくい。すらすら読める部分もあるかと思えば、何を言っているのかまったく頭に入ってこない部分がある。それは概ね主人公・安良の空想と内面描写における部分が強いのだけれど、その描写のすべては、多感で繊細な十五歳の少年のものというよりも、折口信夫のものなのだろうというのが読んでいるだけでもわかる。
更には大抵の場合、読点を打つには文節が短すぎて難解さに拍車をかけているのだけれど、これはおそらく小説を書きたい、あるいは書こうとしたのではないのだろうな、という印象を受ける。多分、詩とか歌の切り方のような気がする。
全体的に小説として完成されているわけでもなく、唐突に場面が切り替わる部分も多い。欠落した一部分だけに限らず、つらつらと書き殴ってふつっと切れるような、そんなふうに続いていくので、どうにもいきなり置いてけぼりを食らったような、そんな気持ちが拭えなかった。

はたしてこれがBLかと言われれば、まあBLなのだろう。ただし、私感としては商業、一次二次問わず、特に近年のBLというジャンルを手掛ける書き手と、それに慣らされた読み手には、その感性は受け取り難いもののような気がする。
美しくもない。鬱くしくもない。
夏目漱石の『こゝろ』のようにそこまでドロドロしているわけでもないが、人間臭くて、生き難さを感じるような、端的に言って面倒臭いだろうな、と思う。
純愛といえば純愛なのだろう。安良が渥美を清らかだと言い、自分を穢れはてたと言うように、その対象を純化しているのだろうという印象がある。それは別段、そこに聖性を抱いているわけではない。自分の低俗さを知っているからこそ、憧憬を感じているようにも見える。
ある意味、「だから惹かれるのは仕方がない」とも読めるのだ。

けれどこの渥美泰造という少年の存在、あまりにも唐突過ぎる。読んでいるなかであまりの難解さに見落としているのかと思ったくらいに唐突だった。
渥美の従兄弟だという男に出会うまでの間に、本文中で渥美という少年に触れられた部分はない。あらすじなどを前提にすると、読み手との間で齟齬が激しいのだ。
岡沢については彼が登場している場面を除いても言及されているのに、渥美に関してはこれっぽっちも触れられていない。それなのに、渥美からの手紙を受け取った安良は、自分は岡沢のような人間が似つかわしいのではないか、という。
自分が穢い人間なのだとは度々悩む部分があるが、それにしても唐突だな?
唐突なのだけれどこの作品、よく読むとところどろに性的なメタファーというか、なんだったらあからさまに安良の性的な欲求に紐づけられた行動や描写が散見される。一つ一つは時代背景を踏まえ、十五の少年のやりそうなことだな、とも取れるが、繊細で多感でありながらこの安良という少年が性的に屈折していると思わしき描写はかなり多い。
だが、それにしてもやはり唐突な気がする。

もう一つ引っかかるのが、渥美の従兄弟という、一度しか出てこない男の存在が、この前編の中においてぽつっと出てくる。なのにいやにその存在感が鮮やかなのだ。特に安良と別れる際の一文が妙に際立つ。

その若者は骨々しい菱形の顔をした男であった。

『口ぶえ 折口信夫作品集』本文 P.75

明らかに再登場を印象づけるかのような結びである。
これについてはある解説を読んで、「あー、」と納得した。なるほど。

これについての批判論文もあることは承知の上で、しかし、折口にとってこの渥美の従兄弟という存在は、軽くないものなのではないのだろうか、という想像を掻き立てられるくらいには、その短い登場場面がやたらと印象的なのだ。
少なくとも、渥美の存在以外に琴線に触れる何かがあったのだと、確かにそう思ってしまうくらいには。

だが、この前編だけを読むのなら確かに純愛なのだろう。そうしてそう終わらせたのだ。
なぜって、前編終って……!
前編って!
後編存在しないのに!!
表題作含め4編中3編が未完結って!おまえホントそういうところだぞ!?

――失礼。

まあ、強いて擁護するとすれば、後編については書かれてすらいないということは、書きたくなかったのだろうと思う。
心中するところで終わりながら後編の存在がほのめかされているのであれば、その後に続く未来はわかりきっている。断念したか、安良は失敗したのだ。
安良=折口であるのなら、それはもう確定事項なのがわかる。
つまり後編を書けば苦痛を感じるのは自分であり、書かなければこれは続きのない昇華された純愛のままなのだろうと思う。
そして渥美も揃って断念したにしろ、安良だけが失敗したにしろ、きっと二人はもう元の関係には戻れないだろうこともなんとなくわかる。しかし果たして、安良は失ったかもしれない愛に殉じたのだろうか、というのが私感だった。

なお、解説にあるような「少年同士の好きを繊細に綴る」というような説明をよく見かけるが、渥美の存在の唐突さは、それに対して読み手に「どこが?」と思わせるばかりだった。
行間を読めというにも程がある。
ただしこれが私小説であるということを知らずに手に取った人にとっては、納得はしないまでもある程度の解像度を与えてくれるはずだ。

総論としては、個人的には多感というよりも多情な少年だな、と思ってしまったけれど。

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