気がつけばお酒を止めていた話 その4

隠しても、隠しきれてなかったんです。

桜の季節に、縁切り神社で一緒に御札を納めた友人とは、ちょうどコロナ禍が始まる1年前の冬……蟹のおいしい季節に切れてしまいました。

冬の蟹を食べに行こうという約束をしていたのですが、私には冬は多忙な時期でなかなか日程が決まらず、今回は止めましょうというところで友人がブチ切れまして……
「もう誘わない! 貸した物含めて全部返して!」
そんなLINEが来まして……全返却して終わりました。

蟹の切れ目が縁の切れ目
実際のところは、
酒の切れ目が縁の切れ目

本当のところは、蟹が原因ではないんです。
友人の飲酒の異変について、勇気を振り絞って指摘した瞬間から、急速に関係が悪化していったというのが本当のところです。

「ええと……あの……君、やっぱおかしいよ……」
あの日の私の声は小さく震えていたと思います。
私の視線の先でふるふると震え続ける、鮮やかな鴇色に彩られた友人の爪先と同じように。

友人は、むっと黙り込みました。震える指先で皺くしゃくしゃの紙袋で隠した飲料缶のプルタブを引きました。
もう2缶目です。

丁寧に縁取られた目元は溢れる泪で輪郭がぶれ、細やかに瞼にのせられたはずの鱗粉のような輝きは、何度も指先で拭われ飛んでしまいそう……
それでも取り憑かれたように啜り続けるひと。

苦みばしった麦の香りが飛行機の客室内にさらに拡がっていきました。居酒屋では心弾むこの香りが、何故今はこんなに気を重くさせるのでしょう?

飛行機内の飲酒は、気圧の関係で酔いが回りやすいといいます。でも、そもそもなんで旅行帰りのお土産が入ってるはずの袋の中から、こんなに幾つも麦酒缶が出てくるのでしょう?

何でこんなことになっちゃったんだろう……

思い返せば、この飛行機への搭乗客の列の最後は、私達二人でした。
「そろそろ搭乗を締め切りますので、ご搭乗をお願い致します」
華やかな桃色の制服のCAさんが、声を掛けて下さいました。

ローコストキャリアは航空券の値段が安い代わりに、地上要員はCA兼務だったり、搭乗締切時刻に厳格だったりという事情があります。

私なんかよりずっと旅慣れているはずの友人は、まだ搭乗ゲートヘ戻って来ません。

友人を探しに行くので、あと3…いや2分だけとお願いしている最中に、友人は戻って来ました。
「ごめんごめんーーー!お土産買ってて遅くなっちゃって!」
息を切らして戻ってきた友人は口元を隠すように両手で覆いました。
あ。この香りは……やっぱり。
「え、まだ間に合うしーなんでそんな怖い顔するのー?」

ここ最近、彼女の飲酒量は目に見えて増え続けているのが気にはなっていました。
「親がさ、めっちゃ飲み過ぎだ飲み過ぎだーって心配してくるんだけどさ、親はお酒飲めないからわかんないのよーふつーこのくらい飲むよねー」
最初はうんうんと頷いていたけれど、ここ半年で飲酒量というか飲み方が変。
ほろ酔いで止められないんです。
さらに勢いがついて、柄杓で小舟に水を注ぎ続ける船幽霊のように、私が立てなくなるまで飲まないと帰してくれないような状態で……

何回かそれが続いた或る日、さすがにちょっとおかしいのではと感じるようになりました。
その友人が誘ってくるのが、いつも私のお仕事の前の日なんです。
いくつか候補を挙げると、必ずお仕事の前の日を指定してくる。
ちょっとだけならいいよね?っていうけど、これはもしや意識的に選んでる?
でも、無意識だったらなおさら怖い。

そして、彼女と飲んだ後の帰り道は、何故かぶわわわわ~~~~っっと怒りの感情がわき上がって来て、泣くのを止められないような状態になってしまうんです。

ある時その友人と飲みながらその理由を考えていたのですが、気づきました。
お互いがお互いを愚痴の言い合い……感情のゴミ箱にしてしまっていたのだということに。その受けとった感情を溜め込んでしまうから、こんなに飲んだ後が辛いのだということに。

それからは、努めて明るい話題へ持って行こうとしたのですが、うまくいきませんでした。未来に向けて明るい話をしようとしても、友人が沈んでしまって……
「なんであたしばっかり、こんな我慢しなくちゃなんないの?もう、あたしがおごるから、もう一杯だけ飲んで」
こうやって潰されていくという……

そんなこんないろいろありつつも、私の気のせいかもしれないし、たまたまかもしれないし……と笑いと酔いでごまかして来たのです。

飛行機に乗り遅れそうになっても、狭い機内でも飲酒を続ける様子に、さすがにちゃんと伝えようと思った末、時と言葉を選んだつもりだったのですが、友人の怒りの炎に油を注いでしまったようでした。

この後は押し殺すようにして無言で麦酒を啜り続ける友人との沈黙に堪えきれず、空港に着いた後は、友人とは別ルートで帰宅しました。
友人は「え?何で?なんで?」って首を何度も傾げていたけれど、私にはそれが怖かったんです。

この時の私の中では、ぐるぐると同じ考えが回り続けていました。
「あんなにあからさまに変なのに気づかないって、もし私もそれに気づいてなくて同じ状態だったらどうしよう!」

それからは、微笑みながら少しずつ遠ざかるようにして、最後は蟹の件で終わりました。

この友人と入れ替わるようにして、お酒は全く飲めない別の友人と再会しました。
以前の職場で仲良くしていた友人だったのですが、お互い別の会社に転職し、彼女の結婚式へ呼ばれたのを最後に数年のブランクを経て、また行き来するようになったって感じです。
今はコロナ禍で会えないけど、また落ち着いたらゆっくり会おうね!っていうことになってます。

さて、話途中に出てきた……酔い過ぎた私に湧き上がるぶわわわわ~~~~~っとした怒りの正体は、友人とぶつけ合った泥沼のような感情だけではなかったことに後から気づきました。

私にとってのこの怒りはどこからだったのか。
その話はまた次に。

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