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今更聞けないスポッターあれこれ

はじめに



ボルダリングは1人でも手軽に始められる反面、クライマー自身が課題に対してどの程度のリスクマネジメントをしたら良いのか、特に最初の頃はよく分からないというか、気付けないというウィークポイントがあります。

例えば、ロープを使ったクライミングの際には、パートナー同士で安全をチェックし合います。その際に、お互いの気が付いていない部分や、ルートを登る際の準備などを指摘しあえます。しかしボルダリングだとそうは行きません。

人気のエリアなどでは他のクライマーと交流しながら課題の情報を共有できますが、1人の場合はそれが難しくなります。

そんな時に、とても助かる存在がスポッターです。

スポッターとはボルダリングを行うクライマーのサポート(スポット)をする人のことを指します。サポートと言っても直接クライミングを手助けするわけではありません。

クライミングはどのジャンルであっても(基本的には)クライマーがクライマー自身の身体を使って登り切るスポーツです。なのでクライミングの手助けはできません。が、クライミング以外での手助けは出来ます。

ボルダリングであれば、落下時におけるより安全な着地体勢の補助、マットへの誘導、ボルダラーの動作に合わせたマットの移動などです。

ロープを使ったクライミングだと、より分かりやすいですね。地面への落下(グランドフォール)を防ぐためにビレイヤーが必要不可欠です。ロープの場合は一見してビレイヤーがいない状態が危険だということが理解できますが、ボルダリングでは、特にあまり高さがない課題は、その危険性が見えにくい特徴もあります。

今回は、ボルダリングのパートナー的立場であるスポッターに的を絞り、その必要性と、そもそも必要なのか?という視点からも考えていきたいと思います。

スポッターの必要な課題とは一体どのようなものだろう?


物理的な安全性


スポッターの役割は(場合によっては)とても重要です。

あまり高さのないボルダーで真っ直ぐ下に落ちるシーンはそれほど多くはありません。多くの場合、やや回転力がかかった状態で落ちるか、振り子運動が加算された状態で落ちるので、ある程度の不安定性を帯びた落下になります。

ボルダーの落下に対するリスクマネジメントはとても重要ですが、そればかりに気を取られてしまうと、クライミングに集中できません。クライマーがより多くのエネルギーをクライミングに注ぐため、スポッターの役割は重要と言えます。

また、どう落ちてもクライマーが自分自身の落下経路や落下後の体勢を安定させられない、或いは予想できない場合があります。ダイノや横方向へのデッドポイント、ハイボルダーなどがそれに該当します。それらの課題の場合、スポッターの役割は重要というより、必要なレベルに達します。私自身、そういった課題に巡り合った際には、仲間にスポットを手伝ってもらうことがあります。

その時は、落下の方向や、どのように落下するのかをスポッターに伝え、必要があればボルダリング中のマットの移動も予めオーダーしておきます。スポッターがそれに対して忠実に働いてくれることで、私は物理的に落下に関するタスクをアウトソーシングする形になります。分業体勢と言っても良いでしょう。こうなってくるとスポッターはもはやリードクライミング時におけるビレイヤーのような役割となります。

高さのない課題でも回転力がかかることで着地はより困難になる。


精神的な安心感


物理的な観点からは安全性を向上させてくれるスポッターですが、副次的要素として精神的な安心感をクライマーに与えてくれる役割も担います。

精神的な安心感は多くの場合、物理的な安全性の担保に比べ、やや漠然としています。下で人が見ていてくれるから安心、などといった具合です。しかし、この要素はクライマーが課題を完登する際、決して無視できない大きな要素の一つです。

これも私自身の経験から引用します。九州のとある岩場に行った時、目的としていた課題を登りました。長いトラバースの後、直登して抜けるラインですが、トラバースで持久力の大部分を削がれてしまい、直登のセクションに差しかかったもののかなりきつい状態です。指が徐々に開き始め、肘も上がってきます。一度重心を落としてポジションをセットし直しますが、やはり前腕の張りが強く、頭の中に諦めの文字が浮かびます。

その時、後ろから「行ける、うしろ大丈夫だよ!!」という声が聞こえました。声の主はその場にいた面識のないローカルクライマーです。その声を聞いた私は、どこからそんな力が出たのか分かりませんが、その声に背中を押されるように課題を完登。

自分にとって限界グレードに近い課題でしたが非常に少ないアテンプトで完投することが出来ました。この時、私は声の主と、先に書いたような「どう落下するのか、、、」といった情報の共有はしていません。

つまり、何をもってうしろが大丈夫なのか?根拠は無いのです。

ただ、これを聞いた私の脳が直感的に「うしろが大丈夫ということはスポッターがいる」と理解しただけです。それでも火事場の馬鹿力というか、残っていた力を出せたのは、間違いなく声援を送ってくれたローカルクライマーのおかげです。そして、これはまさに精神的な安心感から来るパフォーマンスの向上と言えます。

スポッターの存在がクライマーに与える影響は大きい。


ムーブを理解していることの重要性


もう一つ、スポッターが課題のムーブをどの程度理解しているかで、スポッターに対してクライマーが信頼を寄せられるのかどうかが決まってきます。つまりスポッターは下でサポートするだけだからと言って、誰でも出来るというわけでも無いのです。

スポッターがいることで、そこに誰もいないときに比べてクライマーはやはり少なからずスポッターに期待をします。

「マットを移動してくれるかな?」「必要な場所に居てくれるかな?」など、登りながらとはいえ、多少は気にしています。

スポッターが居なかったら、落下も含めた全てを自分自身でマネジメントしなければならないので、そういった期待は生まれません。しかし、もし、あまりクライミングの動作を知らないスポッターが想定外の動きをしたりすると、それ自体が気になってしまい、むしろ気持ちがスポッターの動向に向いてしまい、かえってクライミングに集中できないという現象も起きてきます。

そう言った意味では、スポッターはある程度クライミングの経験を持っていて、そして課題に対する知識があるというのが、リスクマネジメント、メンタルサポート効果を発揮する上で重要な要素となってきます。

スポッターがクライマーの動作を理解していることが重要。


そこにいて欲しくない

これは、ムーブを理解していることの重要性にもつながる話ですが、シンプルに言ってしまえば、邪魔ということです。

クライマーのサポート役であるスポッターが邪魔?と思われるかもしれませんが、私の経験で言えば、全体的に考えると、邪魔であることの方がどうも多いような気がします。あくまで「多いような気がする」というだけなので、はっきりしたことは分かりません。あくまで私の記憶の話です。しかし、なぜそう感じてしまうのかは、分解して考えると見えてくるものがあります。

1つ考えられることは、スポットが目的化してしまっているのかな?ということです。

どういうことかというと、スポットはクライマーの安全性を向上させるための手段の一つです。クライミングジムなどでは、目的となる安全性は施設内の設備によって達成されているのでスポッターは必要ありません。

自然の岩場はクライミングジムとは違い、危険性が高いため、スポッターという存在の重要度が上がります。しかし、クライマーの技術力、環境に応じて、必要ない場合も多くあります。その場合はスポッターはむしろ居ない方が安全だし、クライマーはクライミングに対して集中して取り組むことができます。

繰り返しますが、スポットはあくまで手段の一つです。

スポッターの身の安全を確保できない場合はスポットはしない。
クライマーもそのことを十分考慮したい。

スポット方法とスポッターのリスクマネジメント

人体の最も重要な部分をサポート

スポッターはクライマーの後頭部、脊椎を最も重要な部分と認識して、それらを保護するような動作をします。よくスポッターがクライマーに両手を向けているのはその構えです。落ちてくる人間を受け止めるというのは物理的に相当な無理があります。そのため、落下を防ぐことは不可能です。スポッターはあくまでクライマーの重要な部分を守る役割に徹します。

マットへの誘導

トラバースなどの課題の場合、マットを十分な数で用意できれば動かす必要はありませんが、マットの数に限りがある場合は、落下が想定される場所へマットを動かす必要が出てきます。その場合はクライマーの動きに合わせてマットを移動します。別の方法としてはクライマーがマットの上に落下できるように落下中、少しだけクライマーの体をマットの方向へ押してあげることもあります。ただしこれはとても技術の要る手段なので、自信の無い方は行うのは避けたほうが良いでしょう。

スポッターの身の安全

以上のことを考えた上で、最後にスポッター自身の安全を確保できるかを考えます。これは2次災害を防ぐ時の考え方と同じです。

例えば、クライマーの落下衝撃をスポッターが受けるとスポッター自身が谷底に落ちてしまうようでは、サポートという観点からは不完全だし、何より危険です。この場合はそもそもスポットを行わないということが最も安全です。

写真には写っていないが、右側が傾斜しているのでスポッターは左側に居る。
しかしこの課題は右側に落ちる可能性が大きく、精神的な要素が強い。

まとめ


今回はスポッターについてのお話でした。ボルダリングに限らず、全てのクライミングは相対的な視点でのリスクマネジメントが必要不可欠です。今まで、なんとなくスポットをしていた、よく分からないけどみんながそうするからしていた、という人はこの機会に、スポットを行う意味、スポットの役割などにもう一度目を向けてみてはいかがでしょうか。

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