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さぼ子さん その2

  連載ファンタジー小説


二  サボテン商店街
 
見上げるほど大きなクスノキが何本もある笑天神社が、ぼくら登校班の集合場所だ。

「琢磨、早く来いよ」

班長の卓也が、さけんでいる。
班といっても、六年の卓也とぼく、四年の健、三年の聖子、一年の咲の五人というこじんまりとした集団なんだ。

ぼくと聖子、そして残りの三人もみんなサボテン商店街っ子だ。
同じ小六で同級生の卓也んちは畳屋、健は和菓子天満屋の一人息子。健は女子とまちがえられるくらいすっごくかわいい顔をしているから、商店街にはファンクラブだってある。もちろん会長は、うちの母さん。そして一番チビの咲の家は商店街の一番はしっこにある高い煙突が目印の黄金湯。 

街中なのに空襲をまぬがれたこの一帯に再開発の手がのびたのは、今から四十年ほど前のことだそうだ。
古い家や旧道にそって笑天神社まで等間隔におかれていた灯篭が次々にこわされ、雑居ビルやオフィィスビルがどんどん建っていくなかで、立ち退きを拒否したサボテン商店だけがちんまりと残っていた。

でも車がようやくすれちがえるほど細い道路をはさんで三十件以上あった店は、まわりに家がなくなっていくのと並行して、次々と閉店していった。
今では商店街の三分の一以上がシャッターを降ろしたままになっている。

ぼくが小学校に入学してからこの六年の間に、何人もの友達が転校していってしまった。
サボテン商店街に残っているのは、うちのじっちゃんと同じような年よりばかり。父さんが子供のころは、商店街にも子供がたくさんいて、夏の笑天祭りの時は人があれるほどだったんだって。
でもぼくは、大人や子供が笑い顔のお面をつけて大きな声で笑いながら街中を歩くこの祭りを一度も見たことがない。

「琢磨、なにぼっーとしてるんだ?ほら、もう行くぞ」

ぼくらが歩き始めたころ、シャッターが次々と開いて、さぼ子さんの子供たちが店先にならび始めた。

「おい、ダブルたく。ちゃんとチビたちを連れてくんだぞ」

重じいちゃんが、店先からでかい声で言ったので、健がむっとした顔をしている。
こいつは、チビというくくりの中に自分が入っているのが不満なんだ。
まあね、バリバリ体育会系の卓也や、平々凡々のぼくよりも健の方が頭の回転は数段上回っているから、おこるのもむりないか。

なんたって学校始まって以来のIQの高さだって先生たちがうわさをしているくらいだから。

「車に気をつけていくんだよ」

「おはようさん」

店先にサボテンをだしながら商店街のじいちゃんやばあちゃんが、ぼくたち向かって、次々と声をかけてくれた。

この人たちは、ずっとずっと長い間ここに住んでいる。
ぼくは時々思うんだ、みんなさ、じっちゃんが株分けした運がよくなるサボテンに賭けているんじゃないかって。
サボテンを大事にしていれば、じっちゃんがそうだったように、もう一度運が向いてきて、この商店街に活気がもどってくるんじゃないかっていう賭けにさ。

「うちのじいさんが・・」

 卓也が話しかけてきた。

「なに?」

「きのううちのじいさんが、スペシャル栄養剤を作ったんだ」

「スペシャル栄養剤?玄じいちゃん、スペシャル栄養剤なんか作って、おまえをもっとでかくするつもりなのか?」

「はぁっ?オレ?なに言ってんの?ちがうって。作ったのはサボテンの栄養剤だって」

「なんだサボテンか」

「そう、でさ、このスペシャル栄養剤が激スゴなんだよな。へへへ、これ聞いたら、琢磨、おまえぜったいビビるぞー」

サボテンを大きくするためにじっちゃんたちは、今までいろんな方法を試してきた。この中には、怪しげなものも山ほどあったから、今さらなにを聞いてもおどろかない。

「イワシの頭だろ。食用カエルの足、干したミミズ、ドクダミの葉っぱ、ヘビの皮、それと・・」

「ストップ、それって魔女の呪い薬かなんかのまちがいじゃない?」

「だろ?オレもそう言ったんだ。そしたらじいさんのやつ、この間古本屋で見つけたぼろぼろの本を持ってきて、ここに植物を元気にする古来からの万能薬って書いてあるっていうんだぜ。
ほんとにさ、サボテンのことになると、どうしてあんなにムキになるのかねぇ。きのう作ったのなんか鼻がひんまがるくらいくさくって、かんべんしてくれーってかんじなんだ」

いつものことだけれども、このくさい栄養剤は、まちがいなくぼくの家にもやってくる。
そうだ、サボテンといえば・・。この時ぼくは、さぼ子さんのことを思い出した。

「なぁ卓也、おまえんちのサボテン、何か変わったことなかった?」

「変わったこと?どんな?」

「えっとさ、どこか光ってなかった?」

「今日はオレがサボテンを外に出したけど、べつに変わったことなんてなかったなぁ。なんでだ?」

「あっ、いや、とくべつ意味なんてないけどさ・・・」

やっぱりあれは水滴かなんかがついて、それに朝日があたっただけなんだ。あーあ、サボ子さんのことで大さわぎするなんて、すっかりじっちゃんに感化されてるよ。
 
「ただいまー」

金曜日は学校が終ってからも、ピアノ教室と塾があるからめちゃくちゃいそがしい。

「母さん、塾の・・」

佐藤商会ってかかれたガラス戸を開けたとたん、鼻がもげるほどきょうれつなにおいにおそわれた。

「うわっ、なんだよ、これ。すっげぇくさい」

ぼくが手で鼻をおさえていると、事務所のおくからマスクをした母さんが出てきた。

「おかえり。ほら、早く塾のしたくしなさい」

「母さん、このくさったにおい、なに?」

「畳屋のおじいちゃんが、サボテンの栄養剤を持ってきてくれたの」

卓也の言ってた魔女の呪い薬って、これのことなんだ。ホント、気がくるいそう。

「その薬、どこにおいてあるの?」

ぼくが聞くと、母さんは階段の上り口においてある発泡スチロールを指さした。ふたを開けてみると、なんだかあやしげなドロドロの液体が入ったインスタントコーヒのビンがあった。

「ねえ、これ、外にだしていい?」

ダメダメってかんじで、母さんが頭を横にふった。

「外にだしたら、商店街中がくさくなるでしょ。ただでさえお客さんが少ないのに、こんなにおいをさせていたら、ますますお客さんがはなれていっちゃうじゃない。ほんとにもう、おじいちゃんたちったら勝手なことばっかりしてこまったものだわ」

たしかに、こんな異様なにおいがする商店街なんて、やばそうでだれも来ないよな。

「じっちゃんは?」

母さんが上を指さした。

「これっていつまでおいておくの?」

「あとニ、三日かけて発酵させるんですって。それより、ピアノにおくれるから、ほら早くしたくなさい」

あとニ、三日もだって?発酵が終る前に、鼻の方がいかれちゃうよ。文句を言おうと、ぼくは二階にかけあがった。

「じっちゃん」

「おお、おかえり」

リビングには、じっちゃんといっしょに卓也んちの玄じいちゃんもいた。

「なぁ琢磨、玄ちゃんが作ったあの薬、効きそうだろ?これでさぼ子さんは、ますます元気になることまちがいなしだ」

じっちゃんはうれしそうに言った。
ちえっ、こんな顔されたら文句なんか言えないって。
ぼくはだまってサイドボードの引き出しからマスクをだした。

「なんだ琢坊、夏カゼか?」

畳屋の玄じいちゃんが聞いてきた。
ちがうよ。じっちゃんたちって、よくこんな悪魔のにおいが平気だよな。
ぼくはため息をひとつついてから、塾に出かける準備を始めた。

こんなぼくのうしろで、じっちゃんたちの話はつづいていた。

「あれは材料をそろえるのがけっこうたいへんで・・」

でかい声で元気よく話していた玄じいちゃんの声が、急に小さくなった。

「鈴ちゃんとこな、いよいよやばいらしい」

鈴ちゃんっていうのは、黄金湯の元看板娘で、咲のばあちゃんのことだ。

「今年になってから燃料の重油が値上がりしただろ?風呂代値上げしたって、客がふえないとどうにもならんし、あそこの息子も夏がすぎたら店を閉めて、ここを出て行くようなことを言いはじめたらしいんだ。今日、薬を持っていったら鈴ちゃん、すっかりしょげかえってた」

黄金湯がなくなる?それって大・大・大問題。
もし、もしもだよ、黄金湯がなくなったら、この商店街からまた子供がへっちゃうよ。

「なんとかしないといかんな」

しぶい顔をして、じっちゃんがつぶいた。
そう、なんとかしてほしい。で、どうする?

「とにかく今は・・玄ちゃん、あの薬をもっと作ってくれ。こうなったら。できるだけ早くさぼ子さんに元気になってもらって、あの運パワーを復活させるんだ」

「ああ、そうだ、それが一番だな。よし、わしは材料をそろえに、またひとっ走りしてくる」

「たのんだぞ」

なんだ、やっぱりそこにいくのか?

「琢磨ー、早くしないと、ピアノにおくれるでしょ」

下から母さんがどなっている。

「車に気をつけていくんだぞ」

「うん、わかってる。じゃあ、いってきます」

じっちゃんたちは、これまでだって商店街がさびれていくままにしておいた訳じゃない。行政の人に陳情にも行ったし、歌謡ショー、大福引大会、その他いろんなことをやってきた。でも、人がへっていくのをくい止めることはできなかった。
そうこうしているうちに、商店街全体が、もうなにをやってもだめだ、っていうあきらめムードになりかけたんだ。
そんな時、じっちゃんが

「まだあきらめるのははやい。オレらには、さぼ子さんがいる。さぼ子さんに運寄せパワーがもどれば、ここだってまたにぎわいがもどってくる」

なんて言い出した。
もちろんまわりの大人は(ぼくら子供だって)、なにバカなことをって感じで、じっちゃんの話を本気にしなかった。けれども、さぼ子さんを株分けしてもらった十軒のじいちゃんやばあちゃんたちだけはちがったんだ。

菓子天満屋の和子ばあちゃん、黄金湯の鈴ばあちゃん、今は店を閉めてしまった松じいちゃん,うめばあちゃん、タバコ屋だった定じい、お好み焼き屋のよっちゃん、仏壇屋の重じいちゃんと花ばあちゃん、おそうざい屋の安ばあちゃん、ソバ屋の庄治じいちゃん、それに卓也んちの玄じいちゃんは、じっちゃんのことを信じて、毎日せっせとサボテンの世話をしている。

ぼくは家を出てから、セミがミーンミーンと大合唱している笑天神社の前で立ちとまって、鳥居の前で社にむかって手を合わせた。

(どうか、どうか、黄金湯をなくさないでください。それからもう一度この場所を元気にしてください。それとじっちゃんたちのためにさぼ子さんパワーを復活させてやってください。あとあの悪魔のにおいをなんとかしてください)
 

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