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 さぼ子さん  その1

   連載ファンタジー小説


一 さぼ子さん

大事件ってとつぜんおこるっていうだろ?でもぼくはとつぜんではないと思う。
何かがおこる前には、だれも気づかないような小さなまえぶれがぜったいある。

どうしてそういいきれるのかだって?
なぜならぼくは、このまえぶれに気づいてすごい体験をしたからさ。

とにかく、まず自己紹介からはじめようか。
ぼくの名前は、佐藤琢磨。母さんは気品があって、頭がよくって、ものごとを冷静に判断してというイメージで名前を決めたみたいだけれども、そんなやつ、いまどきいるわけない。

「もうっ、琢磨はどうしてそんなに、あわてん坊で、おちつきがないの?」

母さんのカミナリは、まずこのひとことからはじまり、学校でも塾でもきちんと先生の話を聞いていればテストでこんなひどい点数をとるはずないとか、半年後の中学受験が心配だとかがあって、さいごは

「あーあ、やっぱり、頭がよくって、やさしくって、上品で、かっこいい子を望むのは無理だったのかなぁ」

でおわる。
そんなのあたりまえだろ。だってさ、もしぼくが母さんのイメージどおりの子どもだったら、ぜったいに佐藤家の子どものはずがない。

ぼくんちの家は、一階が家の水回り工事を請け負う佐藤商会の事務所で、二階が住いになっている。
家族は、父さん、母さん、妹の聖子、そして七十六歳になる勘吉じいちゃん(通称じっちゃん)の五人家族だ。

トトントン、トトン。ぼくの朝は、部屋のドアをせっかちにノックする音から始まる。

「琢磨、朝よ。早くおきなさい。学校におくれるわよ」

あー、うるさい。この早く早くの母さんの口癖は、家を出るまでずっと続く。

「ほらほら、早く食べないと、ちこくよ」

こう言って母さんはごはんをひと口食べると、すぐにイスから立ち上がった。

「もう聖子はなにをやってるのかしら?聖子、聖子、ごはんだから早くいらっしゃい」

「かみの毛がきまらないのっ」

洗面所から聖子が叫んだ。あいつは小学三年のくせに、毎朝三十分はかがみの前にいる。

「もう、しかたがないわねぇ」

母さんは、すわったと思うとまたすぐに立ちあがった。

「あらやだっ、おじいちゃんがまだこないじゃない。おじいちゃん、おじいちゃん、ごはんですよー。もうっ、どこにいったのかしら?」

となりで母さんが立ったりすわったりと落ちつかないのにこの状況にすっかりなれっこになっている父さんは、ゆうぜんとみそ汁をのみながら言った。

「じっちゃんなら、さぼ子さんのところにいたぞ」

そうそう、さぼ子さん。さぼ子さんのことをわすれてはいけなかった。じっちゃんにいわせると、さぼ子さんもだいじな家族の一員なんだから。

さぼ子さんって、だれかって?
さぼ子さんは高さが2メートル以上もあるサン・ペドロって種類の柱サボテンのことで、じっちゃんは、このサボテンにさぼ子さんという名前をつけて、命の次に大事にしている。
このさぼ子さん、じつはけっこういわくつきのサボテンなんだ。どんないわくがあるのかは、じっちゃんの話を聞けばわかる。

「琢磨が生まれた日、初孫だ、めでたいってわけで、なじみの居酒屋で祝い酒をのんだあと、したたか酔ったオレは、歌を歌いながらフラフラと歩いていたんだ。するとな
【ちょっと、ちょっとそこの御仁】
ってよびとめられた。
声がした方を見てみると、シャッターがおりた菊さんちの店の前で占い師が店を開いていた。
店っていっても、こぎたない布をかけた机の上に、占いって書いた板がのっけてあるだけのチンケなものよ。そこでヤギみたいなこれまたチンケなあごひげを生やしたじいさんが、オレを手まねきしていたんだ。
なんかうさんくさそうだから、オレは無視してその前を通りすぎた。するとそいつがうしろから
【あなたは、今日とてもいいことがありましたな】
って言ったんだ。
当たってるじゃないか。オレがふりむくと、そいつはこう言った。
【おお、あなたには、これからもっといいことがおこりますよ】 
いいことがおこるっていわれて、おこる奴なんていないだろ?だからさ、オレも
【そうかい?で、どんないいことがおこるんだい?】
って聞いてみたんだ。
そしたらそいつは
【あなたがすきなものは・・・えーっと・・】
と言いだした。
だから、こうこたえてやったんだな。
【おう、パチンコよ。パチンコフィーバで打ち止めなんかになったら・・】
【そう、そのパチンコフィーバーで、まず打ち止めになるくらい玉がでます】 
【フンフン、そりゃあすごい。なぁ、ほかにもいいことってあるのかい?オレは温泉がすきだから温泉旅行に行けるとうれしいんだがなぁ・・】
【温泉、そうそうペアで温泉旅行に招待されます】
【いいねいいねぇ、オレは酒の次に温泉が好きなんだ】
【酒ですか?それなら幻のお酒なんかももらえます】
【おおそりゃすごい。オレが好きなひとめすきっていう酒は、ちょっとやそこらでお目にかかれないぐらい貴重な酒なんだが、これももらえるのか・・・】
オレはなぁ、もううれしくってまいあがっていると、占い師のやつが
【ただし・・・】 
なんて言ったんだ。
【ただし・・なんだよ?】
【ただし、その運を開くには、これが必要です】 
そう言って布の下から取り出したのは、手の平に乗るぐらいの植木鉢に入った小さなサボテンだった。
その時オレは、こりゃぁだまされてるって思ったね。だから、こう言ってやった。
【サボテン一つで運が開けるんだったら、日本中のサボテン屋は大金持ちになってるよ】
【いえ、いえ、これは、そんじょそこらにあるふつうのサボテンではありません。なんと、これを手にした人はぜったいに運が開けるのです。とにかく一度手に持ってごらんなさい】
その占い師がこう言うから、まぁそれぐらいだったらと思って、オレは鉢植えを手に持ったんだ。
で、すぐにこれを返してから
【じゃあな】
と帰ろうとしたとき、なんと足元に五千円札が落ちてるじゃないか。
【ほんのすこし持っただけでも運が良くなり始めてるじゃないですか】
こりゃあ、いいってことで、オレはひろった五千円に、さらにもう一枚五千円札をうわのせして、サボテンを買ったわけさ」

ここからは、父さんから聞いた話だ。
このサボテンが来てから、じっちゃんは占いどおりパチンコでスリーセブンをだし、温泉旅行を当て、幻の酒を手に入れたんだって。
そして、これを目のあたりに見ていたとなり近所のじいちゃんやばあちゃんたちまでもが、この運にあやかりたいって、同じサボテンをほしがったから、じっちゃんは占い師のじいさんが店を開いていた場所に何度も行ってみた。
けれども二度とその占い師のじいさんには会えなかったんだって。

でもじいちゃん連中はあきらめなかったから、じっちゃんは、さぼ子さんを株分けしてやったというわけ。

じゃあ、そのサボテン(もうわかっていると思うけど、これがさぼ子さん)がまだ家にあるのだったら、ぼくんちは運がいいだろって?
そうだったらいいのだけれど、残念なことにさぼ子さんの効力は、三つだけであとはぷっつりとなくなってしまった。
でもじっちゃんと近所のとしとり仲間は、またサボテンの運パワーが復活するかもしれないと思って、今でもこのサボテンを大事にしている。

天気のいい日は、ぼくんちをふくめてとなり近所十一軒が、大きな柱サボテンを店先に出すから、ここは今ではサボテン商店街なんてよばれている。

そろそろじっちゃんが「おい忠志、さぼ子さんを外に出してくれ」って父さんにいいつける時間だ。
そしてこのじっちゃんは、まだテーブルの席についていなかった。

「もうおじいちゃんたら、なにしてるのかしら?琢磨、ちょっとよんできて。ほら早く早く」

この調子じゃあ、おとなしくしたがうまでこの早く早く攻撃がつづきそうだ。

「わかったよ」

ぼくは立ち上がって、キッチンを出た。

さぼ子さんは、店先に出していないときは、いつも一階の事務所から二階へとあがる階段の途中にある日当りのいいおどり場に置いてあるんだ。

「じっちゃん」

ぼくがよんでも、じっちゃんは、ぜんぜん聞こえないってかんじ。

「じっちゃんってば」

 じっちゃんが、ようやくさぼ子さんから目をはなし、ぼくを見た。

「母さんが、はやく朝ごはんを食べてくれってさ」

「ああ、わかった、わかった」

と返事をしたものの、じっちゃんはまだその場を動かない。

「じっちゃん!」

「なぁ琢磨、今日のさぼ子さんは、いつもよりもずっときれいだと思わんか?」

いつもよりきれい?さぼ子さんが?

ぼくは、まじまじとさぼ子さんを見た。
くすんだ緑色の表皮。長い茎は四ヶ所でくびれて、一番上のくびれには、バンザイをしているような形で二本の茎がでている。
さぼ子さんって、社会の教科書にのっていたハニワにそっくりの形なんだ。

「どうだ、さぼ子さん、生き生きしてるだろ?」

じっちゃんはこう言ったけれど、ぼくには、べつにいつもと変わらないように思える。

「べつに・・・」

「べつにっておまえ、どこに目がついているんだ?このさぼ子さんの輝きに気がつかないとは・・・、こんな薄情な孫で、すまんなぁ、さぼ子さん。
オレはなぁ、もうすぐさぼ子さんの運パワーがもどってくるような気がするんだが・・」

じっちゃんがまたさぼ子さんをさわろうとした時、台所から母さんがさけんだ。

「琢磨、さっさとおじいちゃんを連れてきなさい!」

「ほらっ、もうじっちゃん、早く行けよ」

さすがのじっちゃんもこの声にはさからえず、キッチンに向かった。
こっちも、また早く早く攻撃が始まる前に、さっさと学校へ行くほうがよさそうだ。

ぼくがこの場所から離れようとした時、窓から太陽の光がさしこみ、スポットライトのようにさぼ子さんをてらした。

あれっ?今はじめて気がついたけれど、うでのようにのびた右の茎で、なにかが光っている。

これがなにか確認したくても、茎の先はぼくよりも頭一つ以上うえにある。その場でジャンプしてみたけれど、やっぱり無理。よしこうなったら脚立を持ってきて・・。ところがこの時

「琢磨、もう時間よー。したくできたの?」

と言う母さんの声につづいて

「お兄ちゃん、お先」

聖子が階段をかけおりていった。 
やばいっ、おくれる。でも、なんか気になるんだよな。
「琢磨、早く行きなさいっ」

しょうがない、あきらめるか。ぼくは大急ぎでランドセルをせおって、聖子のあとを追った。

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