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恐竜卵屋  その6  

   連載小説 ぼくの夢?

  
  十一  最悪な三者懇談

 七日目。

もんもんと考えすぎて寝つきはものすごく悪かった。
朝っぱらから体も気持ちもドーンと重いのに、キッチンに入ると母さんがさらに落ち込むことを聞いてきた。

「今日の三者懇談、一時半からだったわよね?」

ああそうだ、今日はこれがあったんだ。

両親と相談のうえ記入と言われた進路調査票を、ぼくは父さんたちに見せていない。だから父さんたちは志望校欄に海南の名がないことを知らない。
三者懇談なんてパスしたいと思ってもそんなことができるはずもなく、あっという間に時間となり、ぼくと母さん、そして担任の福田先生による三者面談が始まった。

「えー先週提出していただいた進路調査票をもとに、今日はお話しさせていただきます」

この時点で母さんが、ん?という顔をする。

「裕也君の希望は、笹田高校と条丹高校の二校ですが・・・」

「えっ?ちょっ、ちょっと待ってください」

 母さんが、先生の話をさえぎった。

「あ、あの、今先生がおっしゃった笹田高校と条丹高校って何のことですか?」

「はっ?裕也くんが提出してくれた志望校のことですが・・・」

「志望校?それ、何かのまちがいじゃありませんか?裕也の第一希望は海南ですけど」

「海南?この調査票には海南は書いてありませんが・・・」

母さんと先生は、ぼくと机の上に置かれた進路調査票を交互に見た。

「川村、この調査票は、ご両親と話し合って書いたんじゃないのか?」

「ぼくは・・・ぼくは海南に行きません」

「裕也,なに言ってるの?あなた、これまでずっと海南に行きたいって言ってたじゃない」

そう行きたいと思っていた。だから卵を孵して大金を手に入れたときには、すぐにこの笹田と条丹という進路先を海南に書き換えるつもりだったんだ。
でも今はのどに小骨が突き刺さるかのように「なんで海南でバスケをやりたいんだ?」と聞いた義広の言葉が心のすみに突き刺さっている。

「裕也、海南に行くわよね?」

母さんの問いに、ぼくは首を横にふった。

「どう・・」

「あ、あのですね・・・」

話しかけるタイミングを失っていた先生が、ようやく口をひらいた。

「今回はあくまでも希望進路で、これで決定というわけではありませんから、希望高校については、もう一度ご家族でよく話し合ってください。
川村もちゃんとご両親に自分の気持ちを話すんだぞ。高校は自分ひとりで決めるんじゃないからな」

その気持ちがわからないのに、何を話すんだよ?と心の中で毒づきながら表面上はおとなしくうなずいておいた。

「本当に申し訳ありませんでした」

先生に深々と頭を下げている母さんを残して、さっさと教室を出る。

「裕也」

すぐうしろで母さんが呼び止たけれど、振り向きもせずその場から逃げた。

体育館に入ると練習が始まっていて、ぼくがコートの外で柔軟をしていると、義広が話しかけてきた。

「よう、どうだった?」

「最悪!」

「あー、オレも最悪って言いそうだって」

「おまえ、これから?」

「ああ、裕也の話は帰りに聞くからな」

義広はこう言ってから三者面談に行ったけれど、三十分後にもどってきた時の顔を見れば、こいつもぼくと同じように悲惨な目にあったことが一目でわかった。

「裕也は、なんて言われたんだ?」

部活の帰り日、義広が聞いてきた。

「進路調査票、自分で勝手に書いたからさ・・・」

「海南って書かなかったのか?」

「書けねえよ」

「なんでだ?もうすぐ大金が入るんだから、あれこれ考えずに海南って書けばよかったじゃん」

「おまえがなんで海南でバスケしたいんだ?なんてまぎらわしいことを聞くから余計考え込むんだよ。それより、そっちこそなんて言われたんだ?」

「オレ?オレも進路調査票を親に見せずに勝手に書いたんだ」

「おまえの志望校って、どこだっけ?」

「桂林館と東田工業」

「桂林に東田?その二校って全然一貫性がないじゃん?」

「ヘヘヘ、それがあるんだよな」

義広がうれしそうに鼻の頭をかいた。

「この二校の共通点は、公立高校、オレの家からチャリで通える場所にある。そして大学に入るための予備校化した高校でないっていうことなんだよな」

「もしかして、それを面談のときしゃべったのか?」

とたんに義広の顔が曇った。

「ああ、そしたら担任の福田はさ、何ふざけてるんだー!ってつば飛ばしながらどなるし、こっちは何も悪くないのに母ちゃんは、すいませんすいませんって謝るんだぜ。
だいたいさぁ、自分で判断して正直に書いたのに、なんで怒られるんだ?
自分の成績と照らし合わせて無難に決めるよりこっちの方がずっとまともだって。なっ、裕也もそう思うだろ?」

「まぁ・・・な」

「大人ってさぁ、最初は将来を見すえて高校を選べって夢を持たせるくせに、じっさい選ぶ段階でぶっとんだことを言うと、もっと現実的になれって言うんだよな。
まぁ。オレはまだその将来の見取り図がぜんぜん描けてないから、こんな方法でしか高校を選択できなかったけどさ。でもな・・・」

ここで義広は、ぼくの目をじっと見た。

「これはあくまでも今の段階のことで、このあと修行すればオレは夢を見つけられる。そのうえ金も手に入る。そうなったら、もう鬼に金棒。オレは自分の選択に自信が持てるし、そうやって選んだことには誰にも何も言わせないって」

こいつはいつもヘラヘラ笑っているからいいかげんな奴って見られやすいけれど、本当はちがっていて、自分の中にこれっていう芯を持っている。
そして、その芯が常識といわれるものからかけ離れていても気にしない。
義広は、今まだ未来が見えてこないことに不安を持っていないんだ。

じゃあ、ぼくは・・・?

義広と別れたあと、頭の中で昨日の問いがまたぐるぐると回り始めた。
なんで海南でバスケをやりたいんだ?海南の次は?で、その先は?ぼくはこの答えが見つからないことに、未来が見えないことに、そして自分がどうしたいのかわからないことに怯えている。

夢を見つければ答えも見つかるのか?夢を見つければもっと強くなれるのか?天使のおっさん、教えてくれよ。

「もうっ、坊ちゃんってウジウジ考えすぎるから、見ていると腹がたってきますっ!」

出たっ!天使のおっさんのはずだけど・・・、その姿はトレードマークの黒いエプロンというギャルソン風ではなく、いかにも天使っていう感じの裾の長い乳白色のドレスを着ていた。でも、これがぜんぜん似合わない。

「なに、その恰好?」

「ずっと大天使様のところで申し開きをしていたから正装をしているんです。昨日も坊ちゃんが呼ぶ声が聞こえたんですけど、わたしだって切羽詰っていたから、来たくても来られなかったんですよ。
それはともかく、いいですか坊ちゃん、時間がないから簡潔に言いますよ。夢を見つければ、そのウジウジした迷いもぜーんぶ解決します。だから、今はあれこれ考えずに菊田さんのところで修行に励むんです」

「修行すれば本当に夢が見つかるのか?そうしたらこんなに悩まなくてすむのか?」

「だ・か・ら、それがダメなんですって。夢が見つかると信じる。それだけ!わかりましたか?」

天使のおっさんの気迫に押され、おずおずとうなずく。

「ようやく波動が合う人間を見つけたと思ったのに、それがこんな子ですものね。ほんと、わたしの天使としてのすばらしい才能が泣きますよ。
じゃあ、もう行きますから、坊ちゃん、がんばってくださいね」

「えっ、もう?」

「わたしだってお説教の最中だったのに、大天使様にお願いしてほんの少しだけ時間をいただいた身なんですっ」 

こう言い残して、天使のおっさんはさっさと消えてしまった。

なんだよ、どこがすばらしい才能だっていうんだ?そんな優秀な天使だったら説教なんかされるはずないだろ。



  十二 試合

八日目。

終業式が終わるとすぐに部活の練習が始まった。けれども、この日は明日の試合に備えてフォーメーションを最終確認するための軽い練習で終わる。

三者面談の際のゴタゴタについては、父さんから試合が終わってからゆっくり話し合おうという提案があった。といってもぼくと夜警の仕事を始めた父さんとでは生活が完全に逆転しているので、これは母さんを通して伝わったものだ。

夕方からは塾。今日は修行はなし。

九日目。

雲一つない快晴。今日はウダウダ考えず試合に集中すること。

バッシュウやタオル、ユニホームをスポーツバックにいれて一階に降りると、テーブルのうえにはサラダ、ベーコンエッグ、ゆで卵、トースト、それにトマトジュースが用意してあった。

「朝っぱらからこんなに食べられないよ」

「なに言ってるの、スタミナつけないと試合でバテちゃうでしょ」

そんなこと言われても食欲ないって。
ぼくは食べる気もないレタスをフォークでつついた。

「はい、これお弁当。食べやすいようにおにぎりにしておいたわ」

母さんは保冷材の入った弁当ボックスをテーブルの上に置いた。

「試合は何試合目なの?」

「なんでそんなことを聞くんだよ?」

「観に行くからにきまっているでしょ」

「じょーだん。頼むからそんなはずかしことは止めてくれよ」

「なに言ってるの。今までだって試合の時はいつも観に行ってたでしょ?」

「はずかしいんだって。とにかく絶対に来ないでくれよ」

ぼくは、スポーツバックに弁当箱を入れて玄関を出た。

「裕也、ちゃんと食べないと・・・」

母さんの声が聞こえたけれど無視して走りだす。

八時に校庭に集合して試合会場になっている谷崎体育館まで移動。体育館に着くと、ぼくらはすぐに控え席になっているアリーナ席に荷物を置いた。A・B両コートでは一試合目が始まっていて、ぼくらが一回戦に勝てば、Aコートの城山中対稲葉中の勝者とあたることになる。
試合の流れからみて絶対城山中が勝つだろうな。
毎年全国大会まで行く強豪校である城山中の実力はものすごく、完全に圧倒された。

「裕也」

義広がぼくの腕をつかんだ。

「あそことあたるのは、一回戦に勝ってからだって」

「あ、ああ」

「オレたちはさ、一回戦で勝てる保証もないんだぞ」

「わかってるって」

この時ピーッとホイッスルが鳴り一試合目が終わり、ぼくらはボールバックやペットボトルなどの荷物を持ってアリーナ席からコートへ移動を始めた。

「なぁ」

階段を降りながら義広が声をかけてきた。

「この間はあんなことを言ったから誤解されたかもしれないけど、オレだって三年間がんばってきたんだから勝ちたいんだぞ」

義広とは八年ものつき合いだから、そんなことを言われなくてもわかっている。

「おまえもさ・・・」

このあと義広の言葉が途切れた。

「おもえも、なんだよ?」

「おまえも・・・城山みたいにうまい奴らとチーム組みたかったか?」

こいつ、何言ってるんだか。義広の頭をこつく。

「おまえのカットインは最高だって」

「ヘヘヘ、まぁな」

ここで謙遜しないところが義広らしい。

試合開始までのシュート練習が終わり、ベンチ前で円陣を組んだぼくらにゴリヤンはたった一言。

「悔いの残るような試合はするな」

「ハイッ!」

いよいよ試合開始だ。

センターラインを挟んで、ぼくと八代中のジャンパーが立つ。ピーというホイッスルと同時にボールがあがった。
ぼくの手がボールを叩く。佐々木がボールをうけ、内藤にパス。ドリブル。ゴールに向かって走ったぼくにパスが来る。
ディフェンスをかわしシュート。スポッと軽い音をたててボールが入る。

よっしゃぁー。これですっかり調子が出たぼくらのチームは、2Qを12点リードで終えた。

「いける、いけるよな?」

3Qが始まる時コートに向かいながら田中が言った。

いつも思うのだけど試合って波があって、この波にうまく乗ると実力以上の力がでる。
この時、ぼくらは、まさに波に乗っていた。パスがうまく回る、シュートがきまる。ピーッホイッスルが鳴った。試合終了だ。

「53対30.大見中」

やった、やった、やった。勝ったぞー!

「イエーッ」

「よーし、よくやった」

ゴリヤンも笑っている。なんだかめちゃうれしい。

「次の試合は午後からだから、早めに飯食って体を休めておくんだぞ」

このあと二階のアリーナ席にもどり昼食となったけれど、疲れすぎて胃が食べ物をうけつけない。
でも今食べておかないと次の試合でばてるのが目に見えているのでスポーツジェルを取り出し、無理やりながしこむ。

義広は床にスポーツタオルを広げてその上で寝転がっていた。

「一口でもいいから食べろよ」

声をかけると、義広はかったるそうに起き上がり、のろのろとおにぎりを食べ始めた。

「なんか、いまごろ疲れが出てきた。これまではいつも一回戦負けだったからわからなかったけどさ、勝っていくのってめちゃ体力いるよな」

ぼくと義広がいたミニバスのクラブも、そして入学した中学のバスケ部も弱小部でこれまで大きな大会で勝ち進むという経験をしたことがなかった。

「決勝まで行くチームって二日間で六試合こなすんだろ?なんか、すっげぇよな」

次は決勝まで進むことを頭に叩き込んできたチームと戦うんだ。
腹がきゅっと痛くなる。

「裕也の親、来てたよな?」

いきなり義広が話題を変えた。

「えっ?」

「試合が終るまでアリーナの西側で観てたぞ」 

「来るなって言っといたのに・・・」

「まぁ、そう言うなって。おまえに期待してるんだからさ。そういえば、ミニバスの試合の時もいつも観に来てたよな」

バスケを始めてから、ぼくが参加する試合会場にはいつも父さんの姿があった。そして海南高校の試合は、地区予選から始まって県大会、開催地によっては全国大会までぼくを連れて観戦していたんだ。

「なぁ裕也、父さんさ、おまえが海南でプレイするところを早く観たいよ」
 父さんは海南の試合を観るたびに、いつもこう言っていた。


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