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さぼ子さん  その10

  連載ファンタジー小説

    
  十 ねむれない 

4Dメーターがとどいた日、8月2日になにかがおころうとしていることを知った。  
  
なにがおこるのか?そしてあの甘い匂いはなになのか?
まだなぞがたくさんあるけれども、日付が分かっただけでも、まずまずの成果だと思う。

「おじいちゃん、今日は子どもたちまでいっしょになって何の相談をしてたんです?もしかして、また変なものを作るんじゃないでしょうね?」

夕ごはんのとき、母さんが聞いた。

「えっ?う、うん、なんにも作らないぞ。ただみんなでさぼ子さんのことをいろいろ相談していただけだ」

「そうですか?だったらいいですけど・・・。ああそういえば、今日電話があって、お父さんが金曜の夕方には帰ってくると言ってましたから、さぼ子さん、ようやく外に出してあげられますよ」

父さん、あのでっぱりを見たらおどろくだろうな。いや、父さんはさぼ子さんにぜんぜん興味がないから、変なものがでてるなって思うぐらいかも。
それに、もしぼくがさぼ子さんの超能力のことをはなしたとしても、ぜったい信じてくれないと思う。これは父さんだけじゃない。ほとんどの大人が、そんなことあるはずがないって言うに決まっている。
でもさ、ぼくらには話をバカにせずしんけんに聞いてくれるじっちゃんたちがいる。

これって、ものすっごくラッキーだよな。

「ごっそうさん。明日もいそがしくなりそうだから、さっさとねるとするか」

こう言ってじっちゃんは自分の部屋にもどっていった。

じっちゃんは、鈴ばあちゃんやよっちゃんが帰ったあとも、一人残った玄じいちゃんとしんけんな顔をして話をしていた。その内容は聞こえなかったけれど、さぼ子さんに関係していることだけはまちがいない。

シルバー組はなにか作戦をたてている。ぼくも明日の予定をたてておくつもりだったけれど、じゅうぶんすぎるほど頭を使いすぎたからか八時にはぐっすりねむってしまった。

のどがかわく。何時?と時計を見ると夜中の二時だった。

水を飲もうと部屋を出る。
おどり場は窓からさしこむ満月の光で明るかったので、ぼくは電気をつけずにその場を通り抜けようとした。

この時、ふとなにか気配を感じて窓を見上げてみると・・・。

「ぎゃぁぁぁー」

ぼくは、叫び声をあげてしまった。

「どうしたっ?」

ぼくの叫び声を聞いて、じっちゃんと母さんが部屋から飛び出してきた。

「琢磨、ん?どうしたんだ?大丈夫か?」

ぼくはあんまりこわかったので、腰を抜かしてその場にぺたんとすわりこんでいた。

「琢磨、しっかりしなさいっ。どうしたの?」

しゃべろうとしても、舌がマヒして声がでない。

「ほら、これ、飲みなさい」

すぐに母さんが、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターをもってきてくれた。
これを一気に飲みほすと、ようやくぺったりとはりついていた舌が動くようになった。

「あっ、あの窓に・・・へ、へんなじいさんが・・・」

ぼくはこわくて顔を上げることができないので、下を向いたまま窓を指さした。

「窓に?」

じっちゃんと母さんがおどり場の窓を見ているみたいだ。

「だれもいないぞ」

「うそ?だ、だって、あそこにじいさんがいたんだって!」

「なに言ってるの琢磨、ここは二階なのよ。ベランダがあるならともかく、足をかける場所もないあの窓に、人がのぼれるわけないでしょ?もうっ、寝ぼけたのね」

「ほんとうだって、ほんとうにいたんだ」

ぼくが叫んでも、母さんは
「はいはい、わかったからもう寝なさい」

って言って、さっさと自分の寝室にもどってしまったんだ。

「琢磨、歩けるか?」

じっちゃんがぼくの体をささえてくれた。

「じっちゃん、ぼく、ほんとうに見たんだ。白いアゴヒゲを生やしたやせっぽちのじいさんが、窓からこっちをのぞいていたんだって」

「白いアゴヒゲのじいさん?」

「うん、そう。ぼく、ぜったい寝ぼけてなんかいないからね」

「ああ、わかっている。とにかく今はもう寝ろ」

じっちゃんが部屋のドアを開けてくれたので、ぼくはすこし足をもたつかせながらベットにはいった。
でも目を閉じるとまぶたの裏に窓からのぞいていたあの顔が浮かびあがってくるし、最悪なことにこれが夢の中にも出てきたので、ぐっすり眠ることなんかできなかった。

翌朝、ぼくはスマホの着信音で目がさめた。

卓也からラインがきている。

『朝9時、作戦があるからオレんちに集合』

9時ー?9時まであと五分しかないじゃん。ぜったいムリ。

「琢磨ー、おきたの?」

母さんは事務所にいるみたいで階段の下から声が聞こえた。

「ねえ、じっちゃんと聖子は?」

「今何時だと思ってるの?二人ともとっくに出かけたわよ。パンは自分で焼いてね。あっそれと、きのうはしなかったから、今日こそちゃんと勉強するのよ」

「はいはい、わかってるって」

卓也に『午前中は鬼看守の下で勉強』とラインをすると、すぐに電話がかかってきた。

「琢磨ー、なんだよ、この勉強って。そんなのほっといてはやく来いよ」

「ムリだって。事務所通らないと外に出られないんだぞ」

「おまえさぁ、サボ子さんと勉強とどっちが大事なんだ?じいさんたちは、もうとっくに動きはじめているんだぞ」

「知ってる」

「だったらさっさと来いよ。オレ、作戦があるんだからさ」

さっさと来いって言われてもなぁ・・・。

「わかったわかった。なんとかうまく母さんをごまかしてここから抜け出すから、もうちょっとまってくれよ」

「できるだけはやくだぞ」

スマホを切って、おどり場から階段の下を見た。事務所の机に向かっている母さんのせなかが見える。 

うーん、これをどうやって突破しよう?窓からなんて出られないし・・。
窓かぁ、きのうの夜あそこから白いあごひげのじいさんが、こっちを見ていた。あの時は、ぜったい寝ぼけてないって思ったけれど、明るい陽の下でもう一度考えてみると、二階のこの窓をのぞきこむなんて人間業じゃない。
やっぱり、あれってぼくの見まちがい?でも寝ぼけていたわりには、あの白いあごひげのじいさんの顔がしっかりとやきついていた。

この時、スマホが鳴った。まだ十分もたっていないのに、また卓也からだった。

もうっ、そんなに早く出られるわけ・・・、あっそうだ!

『卓也、あと5分で行く』

これだけラインして、次はアドレスに入っている電話番号をおす。

『あっ、健?あのさぁ、たのみがあるんだ。じつは・・・』

ぼくは用件を伝えて、またスマホを切った。そして待つ。すぐに事務所の電話が鳴った。

『はい佐藤商会でございます。あら健ちゃん?』

電話口で話している母さんの声が聞こえる。

『でも、うちの琢磨に教えられるかしら?・・・うん、うん、そう?わかったわ、じゃあすぐに行かせるから待っててね』

母さんが受話器をおいたみたいだ。
「琢磨、ちょっとー」
 よしっ。
「なんだよー、こっちは勉強中」

「今、健ちゃんから電話があってね。算数でわからないところがあるから、琢磨に教えてもらいたいんだって」

「えーっ、でもさぁ・・勉強が・・」

「つづきは帰ってきてからやればいいから、ほら。ちょっと行って教えてあげなさい」

笑えてくるのをがまんしながら、いそいで外に出た。

やったね。母さんは健によわいから、この呼び出し作戦はぜったい成功すると思ったんだ。
もちろんぼくが、あの健に教えられるわけがないから行先は卓也の家。

「卓也ー、来たぞー」

ぼくが店先から呼ぶと、通りに面した二階の窓が開いて、卓也が顔を出した。

「おー、あがって来いよ」

玄と書かれたガラス戸を開けると、店の中はしーんとしていた。
畳のはりかえ台の上にはなにものっていないし、やりかけの畳もない。仕事場は、もうずいぶん使っていないって感じだ。

「けっこうはやかったじゃん」

「おまえがせかすからさ。あれっ、健はいないの?」

「あいつ、なんかしらべたいことがあるって、おともを二人連れて、自分ちにいる」

おともっていうのは、もちろん聖子と咲のことだな。

「卓也、おまえが言ってた作戦って、どんな作戦なんだ?」

「それそれっ。ほら、きのう言ったよな?笑天さんとさぼ子さんがつながってるって」

「うん、言ったけど、それがなに?」

「あのさぁ、8月2日まであと十日しかないじゃん。だから何がおこるか知るためにも、オレたちは一度笑天さんに行って、下しらべをするべきなんだって。でさ、ついでにどこから甘い匂いが出てきたのかをつきつめようぜ」

「だけど、あそこにあるのって小さな社と灯篭だけだぞ」

「だ・か・ら、その社の中をしらべようってこと」

「社を?それって、めちゃやばいよ」

笑天神社は、ぼくらの班の集合場所になっていた。でも集まる場所は、いつも鳥居の前で、境内にはよほどのことがない限り入らないんだ。というのは、ぼくらは小さいころからぜったい社のまわりで騒いではいけない、そして社の中に入ったら二度と出てこられないぞっておどろかされつづけていたからだ。
もちろんそんなのは子供だましだと思っていたけど・・・。ぼくは、ぶるっと身ぶるいをした。

「卓也、おまえ・・・あの日のこと、忘れたのか?」


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