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 さぼ子さん その9

   連載ファンタジー小説

  九  交信

「け、健なぁ、いくらこの機械を買ったのがオレたちだからってな、おまえはそんなに気をつかうことはないんだぞ」

「あれ・・見て」

健が、おどり場においてあるさぼ子さんを指さした。

「さぼ子さんが、どうした?」

玄じいちゃんが聞いた。

「・・さぼ子さんの・・でっぱり」

でっぱり?ぼくはすぐにリビングを出て、おどり場にいった。
ぼくにつづいて卓也、聖子、咲、そしてじっちゃんたちもさぼ子さんのところにきた。
それからぼくは、でっぱりのところがよく見えるように植木鉢の位置をずらしてみた。

「すげえ、また大きくなってるぞ」

卓也がさけんだ。

そうなんだ、前は脚立にのらないと見えなかったでっぱりが、今は下からでも見ることができた。
たった二日で、おわんぐらいの大きさから、倍以上のどんぶりの大きさにまでなっていて、トゲの方も同じく倍は長くなっていたんだ。
 
「これが琢磨がいっていたでっぱりか・・・。うん、たしかに異常だな」

じっちゃんが背伸びして、さぼ子さんのでっぱりをそっとなでた。

「・・・これ・・見て」

健がディバックからぶあつい本を取り出し、フセンのはってあるページを開くと、そこには青い空の下、シルバー色の大型パラボラアンテナがずらっとならんでいた。

「・・さぼ子さんのでっぱりと、この・・・電波望遠鏡がにている」

言われてみれば、うん、確かににているよな。

あれっ?さぼ子さんのトゲって・・・。

ぼくは、さぼ子さんと電波望遠鏡の写真を何度もみくらべてみた。

「もしかして・・」

「琢磨、なにが、もしかしてなんだ?」

「健は、さぼ子さんがこのトゲを受信アンテナみたいにして、どこかと連絡をとってるんじゃないかって言いたいんだろ?」

ぼくが言うと、健はうなづいた。

「ぼくたちは・・・映画みたいな装置はないけど・・・よっちゃんが言ったみたいに・・・いろんな方法をためして・・・電流計の反応を見ればいいんだ」

うんうん、それで?その場にいるみんなが、健の次のことばをまった。

「電流計の針が動けば・・・・その時ためした方法が・・・さぼ子さんが発信してる内容と一致してるんだと思う。だから・・・まず何で針が反応するかをさがして・・・それからさぼこさんが、どんなことを連絡しようとしているのかを推測するんだ」

ほーっと、ため息がもれる。
さすがサボテン商店街きっての秀才だ。

「だったら、さっさと始めようかね」

こう言ってよっちゃんが、リビングにおいてあるピアノのふたを開けた。

「あの映画と同じようにいくとは思えないけれど、まず、なんでもためしてみないとね。いいかい、その針をしっかり見てるんだよ」

ポーンとドの音がひびく。針はビクとも動かない。

「よっちゃん、つづけてくれっ」

じっちゃんが叫ぶと、よっちゃんが、ポーン、ポーン、ポーンと順々にキーを上げながら、ピアノの弦をひとつひとつ弾いていった。
でも針は動かない。

「これはどうだい?」

今度はあの映画のように、いろいろな音を連続して弾いていく。でも針は動かない。

「やっぱりこれじゃあないみたいだね」

ピアノのふたを閉じて、よっちゃんがもどってきた。
部屋のふんいきがちょっと低くなったから、ぼくはあわてて言った。

「あ、あのさ、音階に反応したとしても、そこからなにがいいたいのか推理するのもむずかしいから、あんがいこれはこれでよかったかも・・・」

今度はどんな方法をためそう?その場にいる全員が、なにかいい案がでないかとむずかしい顔をしている。一番チビの咲さえもだ。

「わたしは思うんだけど、いがいとすなおな方法をためした方がいいかもしれないよ」

鈴ばあちゃんが言うと、咲が聞いた。

「おばあちゃん、それ、どうやってやるの?」

「あ・い・う・え・おの五十音を言ってみるんだよ」

それ、いいかも!もしこれが成功すれば、キーワード探しはかんたんだ。

「わたし言ってみる。咲ちゃん、いっしょだよ。いい?一、二の三。あ」

聖子と咲が声をそろえて、ひとことひとこと区切りながら(あ)から順に五十音をいいはじめた。
けれども針は、どの言葉にも反応しなかった。

「ぴゃぴゅぴょ、ぎゃぎゅぎょ、だばじぎ・・・」

ぼくは濁音をごちゃまぜにして言ってみた。でもダメで、その場のふんいきが、またいちだんと低くなった。

音階もダメ、五十音もダメ。だったらあと何がのっているんだ?

「なぁ、オレ、ぜったいこれってやつを思いついたんだよなぁ」

 今度は卓也が自信満々に言った。

「おっ、なんだ?ほら言ってみろ」

卓也はてもったいつけるかのように、へへへっと笑っている。

あーあ、そんなことしていると、また玄じいちゃんのカミナリが落ちるからな。

「こらぁーっ、さっさと言わんかーっ!」

玄じいちゃんの手が、卓也の耳をつかんだ。ほら、みろっ。

「イテテテテッ。わかった、わかったから手をはなしてよ」

「ふん、さっさと言え」

「ドレミもダメで、あいうえおもダメだっただろ?だったらあと残っているものといえば、アルファベットに決まっているじゃん」

卓也がじまんげに鼻の穴をふくらませている。

そうだよ、まだアルファベットがあった。

「これで針がぜったい動くからさ、咲、しっかり見てろよ」

卓也が順にアルファベット言ってみたけれども、針はびくともしなかった。

「オーマイゴッド!なんでだよー?」

卓也はガクッと肩を落とした。
これでキーワードの手助けになるものは全部でつくした。  

みんなすっかり落ち込んでいる。

ここまでみごとに針がウンともスンとも動かないと、この機械はこわれているんじゃないのか?とうたがいたくなるよ。

「どうしたもんか・・」

じっちゃんもこまっている。

「ほかに思いつくのはないのか?」

玄じいちゃんが、たしかめるかのようにぼくらの顔を見まわした。
でも、みんなもう無理って感じ。

さぼ子さん問題って、何度も暗礁に乗り上げながら、なんとかここまで進んできたんだ。けれども、ここにきてついに沈没。
じっちゃんたちが、なにかいい案をだしてくれないかとまってみたけれど、シルバーグループもお手上げみたいだ。

この時、階段の下から母さんが呼ぶ声が聞こえてきた。

「おじいちゃん、お父さんから松本さんのところで連結ボルトをたのんでくれって電話があったんですけど、何番のを注文すればいいんですか?」

「ああ、2番だ」

「えっ?何番?」

「2、2だ」

じっちゃんが大声で言うと、電流計をじっと見ていた咲が、小さなさけび声をあげた。

「咲、どうしたの?」

鈴ばあちゃんが聞くと、咲は電流計を指さした。

「これ、いま動いた」

「動いたー?」

みんながいっせいに叫んだ。

「う、動いたって、この針が?」

咲がこくんとうなづく。

「マジ?見まちがいじゃないのか?」 

卓也がこう言うと、咲は泣きそうな顔をしてきゅっとくちびるをかんだ。

「咲ちゃんは、ウソなんてつかないよっ。ねっ咲ちゃんは、ちゃんと見たんだよね?」

聖子のことばに、咲が、またこくんとうなづいた。
なにをやってもだめだったのに、どうして急に針が動いたんだ?

「・・・なにかに・・・反応したんだ」

健がぼそりと言った。

「えっ?えっ?」

「動いたのって、ついさっきだよな?なにがあったっけ?」

「洋子さんが勘ちゃんを呼んで、何番か聞いたんだよ」

「で、勘ちゃんがそれに答えて・・」

みんなが気がついたことを口々に言っていたら、じっちゃんがでかい声をだした。

「そ、それだ、それだ、それだ」

「なにがそれなんだい、勘ちゃん?」

よっちゃんがもどかしそうに聞いた。

「わかった、わかったぞ。さぼ子さんはな、オレが言った数に反応したんだ」

数? 数って、さっきじっちゃんが言ったのは・・・たしか

「2!」

ぼくと卓也が同時に言った瞬間、電流計の針は、ぐぅーんと右に動いたんだ。

「やった!やった!やった!」

「2で針が動いたっていうことは、ほかの数字でも動くかもしれん。ほれ、聖子と咲、一から順に言ってみろ」

じっちゃんに言われ、聖子は咲といっしょに数字をかぞえ始めた。

「じゃあ言うよ、いーち」

 反応なし。

「にーい」

ここで針がぴーんと動き、じっちゃんは新聞広告の裏に『2』と書いた。

「さーん、よーん、ごーう」

ここで針は動かなかった。

「ごーう、ろーく、なーな、はーち」

聖子たちが続けて言うと、ぴーんっ、針が動いた。

「ストップストップ」

あわてて卓也が止めた。

「今、動いたよな?」

「うん、動いた。聖子、5からもう一度ゆっくり言ってみろよ」

「わかった、じゃあ言うね。いい?ごーう、ろーく、なーな」

ちがう、動かない。

「はーち」

ぴーんっと大きく針が動く。

「8だ!」

「よしっ、8だな」

じっちゃんが『8』と書いた。

「きゅうー、じゅーう、じゅうーいち・・・・」

聖子と咲は、そのあとどんどん数をかぞえていったけれども、電流計の針は、もう動かなかった。

「にひゃーく、にひゃくい・・・」

「聖子、咲、もういいぞ」

ここでじっちゃんが止めた。

「どうやらこれ以上針は動きそうにないな」 

ぼくらは『2』と『8』が書いてある紙を見つめた。

「この数字をさぼ子さんは伝えようとしてたのかい?健ちゃん、これにどんな意味があるんだい?」

よっちゃんが聞いたけれども、健は答えられなかった。すると卓也が言ったんだ。

「『2』と『8』じゃなくって、『8』と『2』っていう可能性もあるし、数字をくっつけて『28』や『82』かもしれないじゃん」

うん、そうだ、最初にくるのが『2』と決まってるわけじゃない。だとした数字の組合わせは何通りにもなる。
数字だけでなにかを読み取るのって、すっごくむずかしそうだなと思った時、聖子が意外なことを言い出した。

「2と8って、順番を反対にして、8と2だといいのにね。だって8月2日って、お兄ちゃんの誕生日でしょ」

ぼくは聖子をまじまじと見た。
そうか、日付っていう線もあるんだよな。すると聖子につづいて、鈴ばあちゃんまでもが、こう言った。

「8月2日っていったら、ほら笑天さんのお祭りもこの日だったじゃないか」

「えっ?笑天祭って8月2日だったの?」

「そうだよ。8月2日の笑天祭でおもいっきり笑えばね、イヤなことや、つらいことも、みんな忘れちゃうから、みんな、このお祭りが楽しみだったんだよ。だからね、笑天祭をやめると決めた時は泣けて泣けて」

鈴ばあちゃんは、ほぅと小さくため息をついた。

笑天祭があったのは8月2日で、ぼくの誕生日も8月2日。そして、さぼ子さんがぼくんちに来たのも8月2日。
これって偶然?偶然にしては、できすぎだよ。ぼくは、思い切って言ってみることにした。

「あのさぁ・・ぼく、2と8って、聖子が言ったみたいに8月2日のことだと思うんだ」

「琢磨はどうしてそう思ったんだ?」

じっちゃんが聞いた。

「だって、じっちゃんが占いの人にさぼ子さんをもらったのは8月2日だろ?で、笑天祭があったのも8月2日。さぼ子さんと笑天神社って、全然関係ないように見えるけど、でも共通点があるんだ」

「共通点?」

「うん。それはね・・」

ぼくがしゃべろうとした時、卓也がさけんだ。

「あっ、もしかしてあの甘い匂いだな」

「甘い匂い?そういえば、この間重ちゃんもそんなこと言ってたね」

よっちゃんが口をはさむと、すぐに卓也が金曜の夜ぼくが体験したふしぎなできごとをまるで自分のことのように話したんだ。

「そんなことがあったのかい?」

鈴ばあちゃんとよっちゃんが、おどろいた顔をしている。

「重じいちゃんは、甘い匂いって言っただけだから、ぼくがかいだのと同じ匂いかどうかはわからないよ。でも、ぼくも重じいちゃんも、その匂いをかいだとたん笑えてきたんだ。ほら、ふつうは、こんなことにならないだろ?だから・・・」

「同じものじゃないかってわけだな。うん、そう考えると、琢磨が言ったように笑天さんとさぼ子さんはつながってるかもな。だとしたら、8と2っていうのは、8月2日のことかもしれんな」

じっちゃんの言葉につづいて健が言った。

「8月2日に・・・なにかが起こるんだ」

「起こるって、何が?」

ぼくが聞くと、健は肩をすぼめた。

「それはわからないけど・・・琢磨兄ちゃんが聞いたキーンっていうのは、きっと・・・さぼ子さんがなにかを知らせていた音なんだと思う」


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