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【空展】雪女とクリスマス ▽針衛門

 2学期最後の授業。美術。美術は得意な方だと思う。小さい頃から絵画コンクールに出せば賞をもらっていたし、中学の時も学校でいちばん絵がうまいと言われていたし、僕もそう思っている。
 だが、今回の課題はやばい。今日提出〆切なのに、なにも描けていない。絵がうまいと自負している僕が白紙。美術くらいしか得意科目がないのに。まずい。まずい。まずい。
 よし。取り敢えず、仮病!

 ―――仮病がばれなかったのはいいものの、課題は提出しなくては。放課後に先生に助けを求めよう。どうか慈悲を。
 
 先生がいる美術準備室は端っこも端っこで、教室がある校舎とは別館の3階にある。教室から直線距離で400mくらい離れている。
 遠いし、3階というものもあって、生徒も先生も授業や何か用事がない限り足を運ぶことはない。しかも、美術を担当している先生は今年来た非常勤講師で、週に2回しか来ない。そして今日が、週2回来るうちの2回目である。今日を逃すと成績表の唯一の評価5をゲットできない。
 助けて先生。僕の成績表に5を!!

「あ。雪路君。体調大丈夫になった?」
「あー。はい。おかげさまで?」
「今日提出の課題、雪路君だけ出てなかったから、もしかしたら放課後来るかな~と思って待ってたんだよ~。ま?明日から私は休みだし?今日中に成績つけとこ~と思ってさ。だから、課題ちょーだいな」
 ぐぬぅ。明日から休みが待っている先生に白紙を見せるのは忍びない。かと言って、成績は5が欲しい。現時点で白紙なのに。
「実は今回、何も描けなくて」
「あー。やっぱり?授業中もスケッチばかりで手をつけてないなと思ってたけど。雪路君、いつも高クオリティでちゃんと課題出してくれるのにさ。どうしたの?」
 普段から意欲的に授業に取り組んでいたおかげか、先生は怒ることもなく、僕に素朴な疑問を投げかける。
「いやぁ。課題のテーマが…」
「“思い出”?ないわけではないでしょ~?友達とうんたらかんたら~、好きな子とうんたらかんたら、にゃんにゃんにゃんとか」
「僕、どっちもいないし」
なんだよ、にゃんにゃんにゃんって。
「あれ、そうなの?まっ、ココアでも飲みなよ」
「そこはコーヒーじゃないんですか?」
「せっかく、大人数の職員室じゃなくて、ひとりでくつろげる部屋を与えられたんだから、好きなもの飲んだっていいじゃんか。ココアは体にいいんだぞ~。白紙の分際でぇ。黙って飲みたまえよ」
 ぐうの音も出ない。
「まあ、日頃の行いに免じて、それを描き終えるまで待ってあげよう。画材も特別に貸してあげる。ほれ、この真っ白な画面に思い出を爆発させてみよ」
「思い出を爆破しないでください。爆発させる思い出もないんですけど」
 幼い頃からひとりでお絵かきを楽しむ子だった僕は、皆が外で遊ぶ中、スケッチブックに遊んでいる皆を描いていた。そんな僕を最初は皆おもしろがって寄ってきたが、当時の僕はそれが邪魔で仕方なくガン無視だったため、友達なんてできたことがない。
 一人っ子で親は共働き。家ではおじいちゃんと過ごす時間が多く、おえかきを勤しむ僕の隣でおじいちゃんはにこにこしながら絵を褒めてくれた。
「………おじいちゃん」
「誰がおじいちゃんじゃ、こら」
「いや、そうじゃなくて。僕、小さい頃から絵ばっかり描いてたんですけど、それと同じくらい祖父と居る時間も多かったんです」
「へえ。おじいちゃんっ子かあ。あれでしょ。おえかきしたら、いっつも褒めてくれたんでしょ」
 大正解です。
「幼い頃から、クリスマスの日も両親は遅くまで仕事で。毎年祖父と2人でクリスマスなんです。祖父は料理好きで、いろんなの作ってくれて。その中でもラザニアが印象的で。それが美味しくて。クリスマスは毎年作ってくれるようになって」
 それを聞いて先生の腹の虫が反応する。
「祖父はクリスマスが来ると毎回『クリスマスの日に初雪が降ると願いが叶うんだぞ』って嬉しそうに話すんです。祖母にプロポーズした日がそんな日だったとか」
「へえ~。なんかロマンチックでいいじゃ~ん」
「そもそもここらへんって雪降らないし、クリスマスに初雪って僕は経験したことないんですけど」
「私あるよ~」
そう言うと、最後の一口を飲み干し、2杯目のココアを作り始めた。
「そうなんですか?」
「私、雪女だからさ」
「……………はい?」
 突然の非現実的カミングアウトに固まる。
「あぁ、ちがうちがう。そういう、妖怪的なのじゃなくて、ほら。晴れ女とか雨女とかの雪女」
「なんだ、また変なこと言い始めたかと」
「またってなんだよう」
「にしても、雪女って初めて聞きましたよ」
 ちなみに僕はナニ男でもない。
「まあ、私も聞いたことないんだけどさ。行事ある度に雪よ。秋の遠足でも雪降って中止。初雪クリスマスは吹雪だし、そのときは彼氏に逃げられたし」
先生の濃い思い出を聞きながら、薄めのココアをすする。
「願いが叶うんだったら、そのときのあいつに、側溝に落ちて捻挫しろって願うかなあ」
 陰湿な願いだな。
「雪女でいいことなんてなかったよ。風邪は引くし、外歩けば滑ってこけるし、彼氏には逃げられるし」
 随分と彼氏に根を持っているみたいだ。彼氏なにしでかしたんだろう……。
「でも、強い雪女なんですね。行事の度にって」
「私の手にかかっちまえばね~」
 先生は自信満々にそう言い放ち、シャンプーのCMばりにファサァっと髪の毛をかき上げた。ものすごいドヤ顔だ。
「じゃあ、今年のクリスマスは初雪ですかね」
「かもね~。私、強い雪女なので。もう猛吹雪くらいにして、ホワイトクリスマスならぬブリザードクリスマスにしてやるわよ」
 なんて恐ろしいクリスマスなんだ。クリスマスを楽しみにしている人たちの敵だ。
 くるくると椅子を回して遊ぶ陽気な先生に満面の苦笑を向けとく。
「ほんでー?描けそうかね。思い出」
 しまった。先生の雪女話に気をとられて、本題を忘れていた。
「早く出さないと帰っちゃうぞ~。そんで雪路君の成績は惜しくも4に!」
「あああ!描きます!描けます!」

 先生にせかされ、真っ白だった画面には赤くなった指先で真っ白な薬指に指輪をはめる絵が完成した。おじいちゃんの思い出だけど、思い出というテーマには当てはまっているので受け取ってもらえた。


 今年は冬休み初日とクリスマスが重なり、街はカップルで賑わうかと思ったが、初雪が猛吹雪という荒れ狂う気象にテレビが騒いでいた。
 本当にクリスマスが初雪となるとは。しかも吹雪いてる。先生の雪女パワーなのか、ブリザードクリスマスとやらになってしまった。
 無事に唯一の5を死守できた成績表を横目に、吹雪いている窓の外を眺める。おじいちゃんによって綺麗に手入れされたこたつがふわふわあったかく寝てしまいそうだ。うとうとしていると、台所からチーズが焼けるにおいが漂ってきた。
「おじいちゃん、今日ラザニアー?」
「ピンポンピンポーン!今回は特別大盛りだぞ~」
「他に手伝いあるー?」
「さっき、父ちゃんから連絡来たから、からあげを揚げ始めよう。母ちゃんはケーキを受け取ってから帰るって言っとたぞ。今日はすごい天気だからなあ。仕事も早めに上がらせてもらえて良かったな」
「そうだね」
 冷蔵庫からおじいちゃんの特製からあげダレに漬け込まれた鶏肉を取り出す。すでに美味しそう。いつもより重さを感じる肉の入ったボウルに心が躍る。
「ただいま~。寒かったあ!ケーキ予約してて良かったわ。今日はケーキ屋さんも予約分だけの販売だったみたい」
「お母さん、おかえり。おじいちゃんとからあげ揚げとくから、先にお風呂すませちゃいなよ」
「ありがと。あ。ケーキ冷蔵庫入れといて~」
 クリスマスパッケージの箱を僕に託し、パタパタと風呂場へと消えていった。
「油の温度、丁度いいぞ~。肉くれ!肉!」
「はいはい」
 ささっと粉をまぶし、油の中へ手際よく入れていく。タレの香ばしいにおいがたまらない。おばあちゃんが胃袋をつかまれた理由が分かる。
 からあげが揚げ上がった頃、お父さんが帰ってきた。嬉しそうにシャンパンボトルを掲げる。家族皆、お酒は弱いからジュースだけど。
 こたつの上には、いつものクリスマスよりも盛られたおじいちゃんの料理が並ぶ。食器もいつもより多い。
「それじゃあ乾杯しよう!ジュースだけどな!」
 ガハハとはしゃぐお父さんと呆れながらも楽しそうに笑っているお母さん、料理の説明を始めるおじいちゃん。
 にぎやかだ。幼い頃から少しだけ憧れていた家族の時間。
 
 雪女やるじゃん。あなたの願いも叶うといいですね。

「猛吹雪のクリスマスの夜に~~~~~」
「「「「かんぱーーーーーーーーい!!!!」」」」


おわり

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