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祈りの雨【ショートショート】

 どうやら好きな子ができたあなたは今日も念入りに鏡と向き合っている。それから支度を終え通学鞄を手に玄関へと向かった。
「いってきます」
 その声はまるで生に満ち溢れていて、そんなあなたのこれからが気になった。さして私に力はないが、できる事をしてあげたくなり、こうして今も見守っている。

 あなたの視線の先、チラチラと目で追うあの子は楽しげに笑って過ごしている。長い髪を一つに括って、ナチュラルなメイクの下の優しい顔つき。
 時折、同じ輪の中であの子と話すあなたは自然に振舞っているけれど、実は心臓が跳ね上がっていることを私は知っている。あなたの純粋な気持ちが可愛くて、私まで心がくすぐられてしまう。

 それとなく気づかれないように私は力を使う。それは机から落ちる消しゴムであったり、体育の時に飛んでくるボールであったりと様々だ。あなたにとってのラッキーは運ではなく実は必然なのである。そんな事も知らず嬉しそうにあの子と関わるあなたが愛しくて、私はいても立ってもいられなくなるのだ。
 まるで学園ドラマを見ているようで楽しくて、つい一人盛り上がってしまう。まぁ、この学園ドラマの陰で糸を引いているのは私なのだけど、とクスッとしてしまうが、この立場を利用せずにはいられないのだ。
 しかし、私には運ともとれる力を使うことはできても、人の気持ちをどうこうする事はできない。つまり、そこはどう足掻いても人任せなのである。だが、思うようにいかないそれこそが、この成り行きを見守る醍醐味でもある。

 夏休みを控えた7月。
「放課後、話がある」
「分かった。放課後ね」
 あの子も薄々気づいているのだろう。お互い少し緊張した面持ちでその場を後にした。

 まだ明るく陽の差す空き教室に二人はいた。
「気づいてると思うけど、前からずっと好きだった。だから、よければ俺と付き合ってほしい」
「…ごめん、私、他に好きな人がいて…、だからごめん…」
 あの子は俯いて、あなたは何も返せないまま二人の時間が止まる。私は叫んだ。これまであの子に他の男を気にしている素振りはなかった。男を気にしているそぶりは……?!まさか。そうか私はこの立場でありながらもう一つの可能性を見落としていた。浮かれていた事が申し訳なくなった。ぐるぐると考えているとあなたが口を開いた。
「…そっか、大丈夫、なんか俺の方こそごめん。好きな奴と上手くいくといいな」
「うん…ありがとう」そうして二人はそれぞれの帰路へ着いた。

 私は自責の念に押し潰されそうだった。期待させてしまった私にも責任がある。だから私は今日の帰り道に雨を降らせようと思った。

 ーー強がりなあなたが、せめて少しでも上手く泣けますように。




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今回は参加した企画・お題

▶︎テルテルてる子さんの恋バナ祭り
▶︎青ブラ文学部さんの祈りの雨


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メインの小説はどうでしたか。

この後にデザートでもいかがですか。

ということで、私がこれを書くに至った経緯や意図、その時の思いや感情などを知りたいと思った方はぜひ以下リンク先の『雨に甘える。【デザート】』を読んでみてください。

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