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雑穢 #1022

雑穢とは、実際に体験した人の存在する、不思議で、背筋をぞっとさせるような、とても短い怪談の呼称です。今夜も一話。お楽しみいただけましたなら幸いです——。


 子供の頃の思い出になる。
 引っ越すより以前に住んでいた家は、うなぎの寝床のように細長く、その真ん中を貫くようにして長い廊下が伸びていた。左右に同じ間取りの部屋がいくつも並んでいたので、今から考えると、下宿荘のようなものだったのだろう。
 ただ、両親がどんな気持ちでその家を借りたのかはよくわからない。
 その廊下では、時々自分の背の倍ほどもある背丈の、とても髪の長い女性に追いかけられることがあった。決まって一人でいる時で、それはいつも廊下の端の部屋から現れた。
 廊下を自分が歩いていると、端の部屋から黒い頭部がひょこっと出てくる。
 ——ああ、またいつもの奴だ。
 そう思うと同時に、体が動かなくなる。もしかしたら金縛りというものなのかもしれない。ただ、寝ている時に金縛りに遭ったことがないので、本物の金縛りかどうかは不明だ。
 それはゆっくりと全身を露わにしていく。
 いつも黒い和服を着ていて、背は廊下の天井を擦るほどに高く、一方で、結っていないざんばらの髪の毛は、床に着くほどに長い。そして真っ白い足袋を履いている。表情は髪の毛に隠れて見えない。
 全身を表した女は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
 逃げないと。
 今すぐ逃げないと捕まってしまう。
 不吉を煮詰めたような女が、自分に手を伸ばすよりも先に。
 次々と不安な思いが心に湧くが、背を向けようとしても、スローモーションのようにもどかしく時間が過ぎていく。
 助けてと声を上げても、家には誰もいない。
 玄関の方へ。玄関の外へ。
 全力で走るのだが、これもスローモーションか水の中で走っているかのように、なかなか前に進まない。
 背後からは廊下を何かが掃いているような音が追いかけてくる。
 きっと女の髪の毛が、板廊下を擦っているのだ。
 がらりと勢いよく引き戸を開け、外に転がり出る。ぴしゃんと戸を閉じる。
 肩で息をしていると、屋内から声を掛けられる。
「あら。残念やねぇ」
 それが毎度のことだった。ただその女性も、暮らしているうちに、いつの間にか現れなくなった。それから一年も経たないうちに引っ越したという記憶がある。

次の話


雑穢

note版雑穢の前身となるシリーズはこちらに収録されています。一話130文字程度の、極めて短い怪談が1000話収録されています。

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