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雑穢 #1014

雑穢とは、実際に体験した人の存在する、不思議で、背筋をぞっとさせるような、とても短い怪談の呼称です。今夜も一話。お楽しみいただけましたなら幸いです——。


 蒸し暑い金曜の夜のことだった。終電で最寄り駅に辿り着き、コンビニに寄る。朝食を買うついでにハイボールも一缶買って帰路に着く。今すぐにでも缶を開けて喉に流し込みたいが、自室のあるマンションまでは五分ほどなので、衝動を堪える。
 疲れ切ってはいるが、少しでも下を向いてしまうと、一気に疲労が肩に乗るような気がして、あえて姿勢を正して歩く。
 途中で汚れ切った黄色いジャージを着た老婆を追い越した。この暑いのにジャージかと思って、顔を背ける。
 マンションのエントランスのドアを開け、続いてオートロックの鍵を回す。自動ドアが開いた。エレベータホールで最上階から降りてくるゴンドラを待っていると、先ほどの老婆がエントランスのドアを撫でている。何をやっているのだと目を見開くと、老婆と目が合った。その直後、老婆はドアをすり抜けた。
 今度はエントランスで、自動ドアのガラスを撫で始めた。先ほど老婆がやってみせたことが信じられない。じっと見ていると、また目が合った。老婆は自動ドアをすり抜けた。
 彼女は満面の笑みを浮かべて、ゆっくりゆっくり歩いてくる。
 その時、目の前でエレベータのドアが開いた。
 慌てて駆け込んで、閉ボタンを連打した。ドアの閉じる間、生きた心地がしなかった。

次の話


雑穢

note版雑穢の前身となるシリーズはこちらに収録されています。一話130文字程度の、極めて短い怪談が1000話収録されています。

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