雑穢 #1023
雑穢とは、実際に体験した人の存在する、不思議で、背筋をぞっとさせるような、とても短い怪談の呼称です。今夜も一話。お楽しみいただけましたなら幸いです——。
——今、何を見ているんだろう。
左側には壁。右側に車道。さらにその向こうには大きめの商業施設の駐車場があり、そこからの光で、今自転車を漕いでいる道は、この時間でも明るい。
塾から帰る時間は、いつでも真っ暗だ。だからなるべく明るい道を通って帰ることにしている。そもそも暗い夜道は怖い。
左手側の壁には、駐車場から届く、ややオレンジがかった光を受けて、くっきりと影ができている。それは自転車に乗った自分の姿だ。
今夜はその影が気になって仕方がない。
念のために、ハンドルの手元を確認する。両手はハンドルをしっかり握っている。大丈夫だ。
車道の方にゆっくり視線を逸らし、再び壁に伸びる影を見ると、それは自転車のハンドルから手を離して、まるで全力で走っているかのように、ぶんぶんと前後に大きく手を振り続けている。
今までこんなものは見たことがない。
何が起きているのか。
見間違いかもしれないと、視線を一度逸らして再度自分の手を見る。間違いなく確かにハンドルを握っている。
だから壁には、自転車のハンドルを握っている自分の影が映る筈なのだ。
速度を落としながら壁に伸びる影を確認する。
やはり影は腕を振り続けている。
だが、その影をよくよく見ると、ハンドルも握っている。要は手が四本あるのだ。
これは何だ。
混乱した。自分の横に見えない誰かがいるのか、それとも見えない何者かがこの自転車に同乗しているのか。そんな考えが浮いた途端、指がブレーキレバーを強く握った。
急ブレーキだ。甲高い音を立てて自転車が止まった。
他に通行人も自動車もいない。
完全に止まってから恐る恐る影を確認すると、もう動いていた腕の影はなかった。
納得がいかない。その場で自転車の向きを変えて、今来た道を引き返す。
ハンドルから手を離して、大きく振ってみたりもした。だが、先ほどのようにはならなかった。
何かの見間違いだったのだろう。そう納得して、さぁ帰ろうとペダルに足を掛けた。
「ようい、どん」
甲高い男の子の声が耳元で響いた。
次の話
雑穢
note版雑穢の前身となるシリーズはこちらに収録されています。一話130文字程度の、極めて短い怪談が1000話収録されています。
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