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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第二十五話 絶望の暗闇

【前回までのあらすじ】
 吉郎達はハッサンに会うためにインドへ戻ってくる。ガンジス川で吉郎達は水浴びを楽しむ。ハッサンと吉郎が雑談していると、上空にイレナクルフが現れ、地球全土をイレナクルフの強大な闇で覆い尽くしてしまった。ハッサンが吉郎の弱点と見抜いたイレナクルフは彼を暗殺する。

[第二十五話] 絶望の暗闇

 そこはイラの見慣れた選手控室だった。スマホに激励のメールが続々と届いている。イラはそれらを見ずにスマホの電源を切った。試合の直前は戦意を損なわないために楽しい事や嬉しい事は自分から遠ざけるのがイラのルーティーンだ。メールを送ってくる友達も既読がつかないことを承知でこの時間に送ってきている。
 ついこの間のことだが、イラはいつもの四人で夕飯を食べに行った。マニサが大学の非常勤講師に採用されたお祝いの席だった。プラティマのショーの直後の時間に集合だったので、ダシャとマニサとイラは三人でプラティマのショーを見に行った。けばけばしい衣装を着たプラティマはいつもの弾ける笑顔で踊り、軟体ショーを披露していた。
 ダシャは父親の経営するジムの後継者に正式に任命され、今まで以上に張り切っていた。イラはプロになるためにダシャからの全面的な支援を受けて練習に励んでいた。
 選手控室のドアが開き、ダシャが入ってきた。
「そろそろ時間よ」
「そうだね」
 ダシャはイラの右肩にタオルを乗せて、自分のおでこをイラのおでこに当てた。
「あなたならチャンピオンになれる」
 ダシャの香水のフローラルの香りが漂ってきた。言い知れぬ高揚感が沸き上がる。ダシャのためにこの試合は絶対に勝たなければならない。
「行ってくる」
 イラは選手控室を出て廊下を歩いた。歓声が徐々に大きくなる。自分の名前がマイクで大音量で叫ばれている。相手の選手は長年のライバルだ。
 イラは階段を駆け上がり、リングに上がった。眩しい照明がイラの全身を包み込む。

∞     ∞     ∞

 イラは目を覚ました。いつの間にか気を失っていたようだ。体に砂埃が降り積もっている。上半身を起こすと砂はざざーっと地面に流れ落ちた。軽くせき込む。
 懐かしい夢を見てしまった。夢の中の世界はブラック・アルケミストに地球が滅ぼされる数日前の光景と酷似していた。あと三日あればイラは国内チャンプの座についていたかもしれなかった。
辺りは真っ暗だ。イラを守ってくれていたパワーボールの光だけが頼りだ。離れた所にポツンポツンと見える明かりはダシャ、マニサ、プラティマを守ったパワーボールだろう。
 ダシャ達三人を砂埃の中から救出すると、イラは吉郎を探した。
「どうなってるの、これ……」
「真っ暗で何も見えない……」
「助かったのは私達だけ……?」
 イラは漂い続けるパワーボールの明かりがフワフワと何かに誘われて流れていくのについて行った。三分もしないうちにすすり泣く声が聞こえてくる。項垂れて泣いているのは吉郎だった。その姿を見て、イラは凄まじい怒りに体が震えた。イラは吉郎の腕を掴んで立たせた。
「何やってるんだよ、お前!」
「イラ、ハッサンが死んだよ……」
「わかってるよ! ハッサンだけじゃない。一緒に来た人達は皆消えてなくなった。見ろ、この有様を! 全部お前が不甲斐ないせいだ!」
「イラ、何やってるの!」
「吉郎を放しなさい!」
ダシャ達三人が大声を聞きつけて駆け寄ってくる。イラは吉郎の胸倉を掴んだままダシャ達の方へ顔を向けた。
「全部コイツが悪いんだ! 最初の時もそう。吉郎がもっと早くヒーローとして覚醒していたら、地球は滅亡しなかった!」
 ダシャもマニサもプラティマもその言葉に反論できなかった。吉郎だけが人類の希望だ。吉郎以外にブラック・アルケミストに対抗できるパワーを持つ人はいない。その吉郎が二度も失敗をした。ハッサンが目の前で撃たれたことに動転して、敵の攻撃を防げなかった罪は重い。
「俺だって殴れるなら自分を殴りたいよ」
 吉郎がか細い声で言った。
「俺にヒーローなんて無理だったんだ。俺はただの日本のサラリーマンだ。仕事ができるわけでもないし、休日は寝てばかりのダメなやつなんだよ。どうして俺がヒーローなんだよ。もっと相応しい人なんていっぱいいただろ……!」
 イラは吉郎を放した。ドサッと尻餅をつく吉郎。ダシャ達四人の憐れんだ視線が痛かった。
 ユキルが吉郎の胸ポケットから出てきた。ユキルの羽根はボロボロで、イレナクルフのパワーから身を守るために無茶をしたのが伺えた。ユキルはフラフラしながら飛び、吉郎の頬に手を当てた。
「大変な使命を背負わせてしまってごめんなさい。何もかもイレナクルフの陰謀を阻止できなかった私達が悪いの。だけどね、吉郎。あなたがヒーローに選ばれたことには意味がある。たとえ何度敗北しても、あなたがいる限り地球はイレナクルフの思い通りにはならないわ。だから立って。生き残ってあなたを手助けしてくれるこの子達のために頑張るのよ」
 吉郎の背中に温かいものがくっついてきた。ダシャが後ろから吉郎を抱きしめていた。マニサも横から吉郎とダシャに抱き着く。プラティマもマニサの反対側から加わった。
 ダシャは顔を上げた。イラは吉郎の真正面で立ち尽くし、頼りない細身の男を抱き合っている三人を見下ろしていた。声をかけなくても、ダシャとイラには通じ合うものがあった。イラはその場に座り、吉郎の膝に手を置いた。即座に誰かの涙の粒がイラの手の甲にポタポタっと数滴落ちる。
 吉郎がイラの手をギュッと握りしめた。イラの手は小さいが、吉郎の手よりずっと頼りがいのありそうな格闘家の手だった。
「ごめんな、イラ。お前の未来を奪ったのは俺なんだ。イレナクルフでもブラック・アルケミストでもない。ヒーローの力を持ちながら勝てなかった俺が一番悪いんだ」
 気付けばイラも大粒の涙を流していた。夢で見た光景がまざまざとよみがえってきた。そこにあるべきだった未来、イラの栄光の未来の光景だ。
「過ぎたことなんか、いくら言ったってもう遅いんだよ……」
 吉郎達は気が済むまで抱き合って泣き続けた。何時間経ったかわからない。太陽の光はもう地球には届かない。永遠の闇が支配する世界では、この悲しみも悔しさも当人達以外には無意味なものだった。

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