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岸政彦『リリアン』

岸政彦さん著(2021)『リリアン』新潮社 を読みました。

街外れで暮らすジャズベーシストの男と、場末の飲み屋で知り合った年上の女。スティービー・ワンダーの名曲に導かれた二人の会話が重なりあい、大阪の片隅で生きる陰影に満ちた人生を淡く映し出す。

「もっかいリリアンの話して――星座のような会話が照らす、大阪の二人、その人生。」
(新潮社ウェブサイト https://www.shinchosha.co.jp/book/350723/)

主人公とその恋人・美沙さんの2人の会話の雰囲気が好きでした。
2人の会話は、鍵カッコで括られるでもなく、地の文と同じように書かれています。
話しぶりも、相手の言葉をそのまま繰り返したり、説明があまり論理的でなかったり、記憶違いをそのまましゃべって、話しながら誤りに気付いて訂正したり。

実際の会話って、文章としては不完全なものだよなあ、でもその感じが良いんだよなあと思って読んでいました。

著者の岸先生は生活史研究をされる社会学者です。
調査の手法を書いた本では、語りの文字起こしについて、こんな風に解説しています。

聞き取りで語られた言葉をどの程度細かく正確にテキストに書き起こすか、ということについて、(中略)なるべく語られたそのままの言葉を書き起こすほうがよいでしょう。(中略)少し読みにくいぐらい語り口をきっちり書き起こしたもののほうが、現場のリアリティをよく伝えるものになると思います。

岸政彦・石岡丈昇・丸山里美(2016)
『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』有斐閣, p.218.

この小説を読んでいて、この部分を思い出しました。

私はなんでか、インタビュー調査の生データ(分析する前の、文字起こしをしたまんまの状態のもの)を読むのが好きなのですが、それを読んでいるときの気持ちに似ていたかなぁ。

ところで、映画『花束みたいな恋をした』にこんなセリフがありました。

女の子に花の名前を教わると 男の子はその花を見る度に 一生その子のことを思い出しちゃうんだって

映画『花束みたいな恋をした』(2021)

この主人公はリリアンを見かけるたびに、美沙さんのことを思い出しちゃうのかな。
まあリリアンってそんなに見かけるものでもない気もしますが。
※リリアンは花の名前ではない。

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