歳差運動3-④

首筋を傷めた瞬間、心のたががはずれた。

おそるおそる顔を上げ、頭を動かさないで左右に目一杯視野を広げてとなりの参加者の様子をうかがった…            すると、メモを取るなり資料に目を通すなりして居眠りしている人の気配は感じられなかった。                 今度は、自分の背中に第六の感覚を移し、後ろに座る若者たちの様子を透視してみた。 これまた誰もが真剣な顔つきで話に聞き入っている姿を捉えていた。

自分が恥ずかしかった。         居眠りしていた醜態を衆前に晒した恥ずかしさではない。自分が偽善者だと分かったのだ。いっぱしに生意気な口をきくけれども、そこに至る前に肝心要の学びをしていないことに気づいた。

わずかなまどろみの中であの細井教頭が出てきた気がした。相変わらず額に汗して校長におべっかを使いへつらい顔でいた。情けない奴だと俺は鼻で笑っていた…

後ろで俺を見ていたあの若者たちの視線は、俺が教頭を見下して見ている視線と同じだと感じた。                あのおじさん、道徳を学びに来ていてあのざまかよ。道徳の話を聞く前に道徳性を身に付けて来いよ、おととい来やがれ!     そんな声が聞こえてきそうになった。   それなら俺が一番嫌いなあの細井教頭と同じになってしまう。それだけは願い下げだ。 

何気なく後ろを振り返ってみた…みんな若いし真剣な眼差しだ…俺にもこんなに若いときがあったはずだ…そして一生懸命やっていたはずだが………何もおぼえちゃいない…

確かに今となってはこんな研修会に来たところでなんの役にもしないだろう。気晴らしが関の山だ。               ならここに来ている意味は?

俺は川原にある無数の石ころの一つに過ぎない。だが角張った石なら周りの丸い石に足跡を残すことができる。自ら転がって他の石に引っかき傷をつくるのだ。        消えることのない引っかき傷を…     そして俺も丸くなる…

俺がここに来ている意味は…       

あの若者たちに影響を与えることだ!   願わくばいい影響を…


~続く