歳差運動3-⑬

彼女は俺の出勤時間帯をチェックしていたに違いない。一連の動きを見ると偶然には思えない。“お待ちかね”だったような態度に感じ取れる。俺を研修会に参加させたのは彼女の悪意というか何かの意図があってのことだと踏んでいる。だから彼女は、校長として出張の報告を聞きたいのではないだろうと考えた。                  ぬるま湯に浸かり、昼行灯のように学校に居る俺に、悪い意味で刺激を与えようとする魂胆だろうと。

願ったりだよ。

「いやあ…大変でした、と言いたいところですが…とてもよかったです校長先生!ありがとうございました……お互いよい勉強になったと思いますよ」

具体的な内容は言わず、まずは感想を言って相手の出方をうかがった。それに、伝わったかどうか、お互いというのを誰と誰のことなのか謎かけにしてみた。額面通り受け取るなら研修会の参加者同士と考えるだろうが…果たして…

「そうですか…」

と校長が言い、続けて何か言おうとしたが、いきなり職員室のドアが開いた。     開けた主は無言でしかも姿が見えない。ホラー映画かよと思ったが、数秒後に入ってきたのは、教室の俺のお友だちの理系ボーイだった。

「おお、おはよう!どうした?」

反射的に彼の方に向かい手招きした。   こういうシチュエーションでは子ども対応が最優先である。俺は出口扉の方に彼を誘導した。校長は俺に何か言いたそうだったが無視した。

彼の手を引いて廊下に出ると、もごもごと何かをつぶやいていた。どうやら新しい知識を仕入れてきたらしい。今度はとっておきの問題だと興奮気味に言っていた。ぴょんぴょんとはねている。

「答えられるかなあ…」

と苦笑いをした。            そのまま彼の手を引き教室までの長い廊下を歩いていった。

ユーミンの“やさしさに包まれたなら”を鼻歌交じりでやりながら、意気揚々と職員室をあとにした。

こういう子どもは俺たち大人が面倒をみなくてはならない。だって、朝から「フェムト」だの「ペタフロップス」とか口走っていたら、友だちは誰も相手にしなくなるだろうから…

♬ちいさいころはー かみさまがいて

ふしぎにゆめを かなえてくれた-♬


~続く