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生花

【出会い】

Kさんとは入職当初に出会った.
Kさんは,2年前まで在宅生活を送っていた.
そして,ショートステイの定期・ロング利用を経て,特養に入所された.

彼女は昔お花の先生だった.
自宅で生花の教室を開き,指導されていたそう.

ある時,二人で話をした.
私は彼女に対し,”こういう施設に泊まりにきたり,将来的に入所するかもしれないことについて,どう思っているか” 聞いた.

「やっぱり嫌ですね.うちの方がいい.」

パーキンソン病のせいで発声しにくい,小さな細い声でそう言ったのを覚えている.

【入所・Kさんと花と私】


時を経て彼女は特養に入所した.

彼女は心中をあまり表さない人だったが,周囲には前向きな姿を見せていた.

パーキンソン病や認知症についての本を読み,自身の病気と向き合った.

そして入所後も彼女は花と共に生きた.
ご自宅から花を送ってもらい,それらをユニットの玄関やテーブルにお花を飾った.
施設内の移動は,自身で車椅子を操縦し行っていた.

Kさんが生けたお花は周囲から好評で,見る人の心を穏やかにしていた.

生けている姿そのものを見ずとも,花が綺麗に整えられているのに気がつくと,私は彼女の存在を感じていた.

"ちょっとしんどいな",と思うときもお花を見ては励まされ,背筋を伸ばす.
そうやって何度救われたことだろうか.

久しぶりに彼女に会った時,
彼女は私にこう聞いた.

「最近はどうですか.もう慣れましたか.」

職員に何か尋ねる口調ではなく,一人の未熟な若者の成長を陰で見守る老年者の話し方だった.

誰にでも優しく,学ぶことをやめず,できることは自身でやろうとする,強くてしなやかな方だった.

私自身,こんなふうに素敵に歳を重ねたい.

あと,生まれた時代や出会い方が違っていたなら,私もKさんの生花の教室に通いたい.

【最期】

ある朝,緊急搬送の館内発信があった.
Kさんが救急車で病院に運ばれた.
脳出血により,その数日後に息を引き取った.

急な最期だった.

彼女が生けたお花はまだ玄関に凛として私たちを癒している.

【想い】

もっと話せたらよかったと,正直思う.
関わる機会は少なかった一方で,毎日目にする花から,私は幾度となく励まされた.

まだそこにある花を見るたび,彼女の存在を感じている.

水を吸って形を保つその花は,まるで,死んでもなお爪や髪が伸び続ける人間の生理そのもののようだ.

あなたと出会ったこの場所で,私はまだ進み続ける.

どうか,そこから今までと同じように見守っていていただけますか.

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