球根
旅に出たいと思った。ここには帰ってこない旅。それはもう旅ではないような気がした。
チューリップがくたびれて、そり返りそうなほど花開いて、まるで別の花みたいだと言う人がいて、私は、チューリップにしか見えない、と思う。
ここに居続ける人の苦悩を知らない人の言葉は、香りがしない。
かたいパンにジャムをつけて食べる朝に焦がれて、そんな簡単なことも叶わないのかと途方に暮れて、チューリップは正しくしなびていく。
傷ついた木の机、窓枠の向こう側の霧、ムスカリの群れ、知らない誰かがいつか着ていた服、毛糸で編まれた靴下、かたいパンとジャム。
針葉樹と、結露と、小麦と果実の香りがする。
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