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映画館をすぐ出ていく人について考える。

今年もよろしゅうお願いいたします。

昨日は映画館に行って映画を見てきた。
役所広司主演「Perfect Days」である。
カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した作品で、公開当初から気になっていた。

※以下、ネタバレしない程度のあらすじと考察を記載していますが、未視聴の方はご注意を。

渋谷のトイレ清掃員として働く中年男性。
毎朝カラスと掃き箒の音で目覚めるところから、日中は清掃のお仕事をして、就業後には地下街で一杯引っ掛けてから帰る。銭湯に浸かりそして就寝前にフォークナーなどの読書をして眠る。

どこにでもいるような質素でひっそりとした生活をしている男の物語である。

さて、上映が始まって30分。
私の隣りに座っていた60代くらいのお父さんとお母さん。おそらく夫婦であろう。モゾモゾし始めたあと、席を立ってそれっきり帰ってこなかった。

つまらなかったのだろうか。
それ以来、上映途中で退出する人の心理について色々考えている。

役所広司主演と聞いて「まずハズレはないだろう」という予想する人は多い。絶大な俳優キャリアがあり、その存在感あふれる演技力で数々のヒット作を連発してきた。
今回の作品も国際的な賞を獲得していたので同様に期待していたのだろうと思われる。

しかし、今回の主人公はまず無口。
そのご夫婦にとっては同世代くらいの中年男性が、黙々と日々を送っているのが物語のベースとなっている。

観ていた私も始まって20分ほどで「あれ、これ延々とこんな感じで進んでいくのか…?」と正直焦りに近い感情を持ってしまった。

ここで同様にストーリー展開がなく、つまらないと判断してそのご夫婦は退席されてしまったのかと思うと、それは少し勿体なかった。
この作品のメッセージ性を理解するのは中盤から後半に掛けてだったように思える。実際エンドロールまで観終わった私は心がじんわりと安らぎ、穏やかな気分になり正月早々いい作品に出会えたと感じた。

次に、映画料金について。
そのご夫婦にとって昨今の観覧料金はどのように写ったのだろうか。

一般1900円で発券されたのだが、この料金で観るに値しない作品だとご判断されてあっさりと退席したのなら、私も若干同意するところはある。

映画館で鑑賞することがこんなにも高尚な趣味になってしまったのかと思うと憂う。私が小学生の頃からでも500円は値上がっているように感じる。

実は、この作品を友人と一緒に観に行かないかと誘ったが、「映画館って高いし金曜ロードショーやDVDでレンタルできればいい」との理由で断られてしまった。
作品に対する興味の度合いもあったと思うが、映画館での鑑賞以外の代替策を優先して視聴することありきの文化があまりに根づいてしまっているように思わざるを得ない。

無論水曜日は1100円の日とか、学割やレディースデーなどで映画館側も割引がある日を設けてサービスしているのはわかる。

ただ、かつてドル箱業界と呼ばれた興行収入も国内作品を中心に右肩下がりになってきているのは否めないので、売上維持の苦肉の策としての値上げによる財源確保をしようとするスタンスをこれまで通り敢行すると、先述の作品に対する興味度合いが相当に高くないとますます厳しい状況に陥ってしまうのではないだろうか。

私は上映中の作品は映画館で観るのがいいと思っているので、やはりこれ以上の値上がりは勘弁である。

そして、最後にご夫婦の事情である。
お隣でモゾモゾしているときのご夫婦の会話を想像した。

父「おい、この後有希子と凛ちゃんは何時に川崎駅前に来るって言ってたか?」
母「6時半よ」
父「この映画何分くらいあるんだ」
母「え?大体2時間くらいじゃないの」
父「2時間もあるの⁉こっから川崎までだと間に合わないじゃないか!つまらんしさっさと出よう」
母「待ってよ、まだ30分しか観てないじゃないの!勿体ないわよ」
父「間に合わんから出るぞ」
母「ちょっと〜わかりましたよ。。」

映画好きのお母さんに連れてこられたお父さんにとっては、たしかに淡々と進む役所広司の演技にいても立ってもいられなかったように思える。

この会話の中では作品に対する興味、映画館料金の価格設定、そして正月に娘が孫を連れてやってくることに対するお父さんの溺愛ぶりが垣間見える。

お父さんの優先順位を鑑みれば、冴えないトイレ清掃員のストーリーなど薄れてしまうのも頷ける。

さらに、お父さんのこれまでの人生で触れてきた文化にも想いを馳せる。
作中主人公が車での移動中に聞いているのはルー・リード、ヴァン・モリソン、パティ・スミス。
就寝前の読書にはパトリシア・ハイスミスの「11の物語」にフォークナーときた。

お父さんはどこまで上記に触れてきたのか。
恐らく同世代を描いてきたはずなのに、確かにこの世に存在している文化であるはずなのに、身分や環境が異なるだけで生きている世界も全く違って見えるのだろうかと思わずにはいられなかった。

なお、作品自体は私にとってかなり刺さったのでご興味のある方はお金を払って映画館で観ることをおすすめいたしますおわり。

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