短編 エレベーターガールと孤立中年

「3階です」
少し鋭い目をしたエレベーターガールが答えた。
「いや、4階じゃないか」
すると、そのエレベーターガールは
「あの中村さん、あなたは今月から本館から別館に移動になったんじゃないですか。ここは別館で、本館では4階でも、ここでは3階なんですよ」
と、少しキレ気味に答え、目は依然として鋭く吊り上がっていた。
「あぁ、そうか。すまないね」
なんだか、最近虚しい気持ちになるのはなぜだろう。4月、年度初め。俺は孤独だった。いや、厳密に言うと、孤立していた。なぜなら、同じグループの仲間は皆本館に残り、別館に移動になったのは俺だけなのだ。仲のいい仲間もいない。先輩も後輩も分からない。縁が全部絶たれたような感覚に陥り、孤立を感じた。
だがまだ希望はある。その別館で新たな仲間を見つければいいだけの話だからだ。今は誰も知らないが、いずれ知ることとなる。そしたら、仕事仲間ができて、俺の孤立も解消されるのではないかと思ったりもする。

ドアを開ける。
「おはようございます~」
元気よく声を上げて挨拶してみた。
「おっ、中村君じゃないか」
以前同じだった先輩に話しかけられた。
「中村君、出世したようだね?」
「えへへ、まぁ、そうです」
自分が独りでいることに気を取られ過ぎてすっかり忘れていた。俺は昇格していたのだ。こんな重要なことを忘れるくらい、孤立による精神ダメージは大きかった。そういうことだろう。今は知り合いがこのフロアにはいると分かり、なんだかホッとした。安心した。なんとなく、心に安らぎができた。

「あ、あの新しく広報課の係長として、ここ別館で務めさせていただきます、中村圭司と申します。よ、よろしくお願いします!」
自己紹介の挨拶は緊張した。声が少し震えた。
「こ、今年も私たちは、このホテルの魅力をより多くの人々に伝えるために努力し、特に、別館の魅力を最大限引き出せるように力を入れていきたいと思います!」

俺が話し終えると、即座に部長が出てきてこう言った。
「春、新たな目標に向かって歩み始めるこの時期、我々は別館での仕事においても新たな一歩を踏み出すべきだよ」
部長は熱意を込めて続けた。
「別館はこのホテルの誇りでもある。その特徴や魅力をより多くの人々に伝えるために、我々は一丸となって努力していかなきゃいけないんだ。皆わかったかい?」

はい! と皆大声で答えた。なんだか熱気まで感じた。この前までいた本館にはこんな熱気は無かったから、なんだか物珍しくも感じた。周りを見渡すと、熱気に満ち溢れた顔ばかり。こんな熱い職場で俺はやって行けるのだろうか。そう思うと、俺はまた再び孤立を感じた。

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