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9割の人が知らない!? 浅草のヒミツ 〜浅草寺編〜

こんにちは!余語です。
現在、浅草ツアーガイド、それ以前は人力車の車夫をしていました。最近は、休みの日も浅草をぶらぶら散策しています。浅草に関してはお任せあれ!

今回のシリーズは「9割の人が知らない!? 浅草のヒミツ」
つい友人や知人、家族などに話したくなってしまうような、浅草の知られざる魅力や秘密をガイド視点でお伝えしていきます。

浅草は、コロナ前には日本人のみならず外国人旅行者に大人気でした。年間3000万人近く訪れていたとも言われています。
※この数は東京ディズニーリゾート来場者数とほぼ同じ

コロナの影響で外国人旅行者はほぼ見かけなくなりました。一方で、着物女子がとても増えてきた気がします。実際に浅草では着物女子向けの施策が至る所で増えてきました。※それについて次回以降紹介します

また、昨年からNetflixで「浅草キッド」も公開されています。
この作品は浅草のスター・たけしさんと師匠・深海千三郎さんの師弟関係が描かれており、浅草をより好きになれる作品なのでぜひ見てほしいです!

そんないま注目を集める浅草を「9割の人が知らない!? 浅草のヒミツ」にて徹底解説していきます!

今回は浅草寺特集です。それではいきましょう!!!

雷門のヒミツ

まずは浅草寺といえば雷門のイメージありますよね。
現在の雷門は1960年に完成しました。意外と新しいですよね。
それ以前は、1865年に焼失して以来95年間失われた状態が続いていたんです。当時の浅草の人々は早く雷門を建設してほしいと願っていたそうです。
そんな想いを汲んで、雷門を寄進されたのが、松下電器(現在のパナソニック)創業者の松下幸之助氏です。

松下氏は当時、関節痛を患っていましたが、それを聞いた当時の貫首(清水谷恭順大僧正)がご本尊に祈願したところ快復し、浅草寺を参拝したと言われています。その後、松下氏が上京している際、清水谷恭順大僧正が「雷門を建てて欲しい」との浅草の声を伝えたところ、快復の御礼の意を込めて寄進することを了承されました。ちなみに、寄進を了承する際、松下氏は「寄進させていただきます。が、なるべく名は出さないでください」と返答されたと言われています。絶好の広告塔になるであろう「雷門」に対し、寄進したことをなるべく出さないで欲しいと返答されるとは、「商売の神様」とも言われる松下幸之助氏の懐の深さに何と申し上げていいのか、言葉が見つかりません。(記事引用)

https://e-artlife.co.jp/contents/1106

提灯の裏には松下幸之助氏の名も刻まれています。

1971年から京都市下京区の高橋提燈という提灯屋が制作をしていて現在は松下幸之助氏の意志を引き継ぎ、パナソニックが寄進しています。約10年ごとに新調されているそうです。最近だと2020年に取り替えられました。


仲見世通りのヒミツ

雷門を抜けますと、日本一有名な参道といっても過言ではない仲見世通り。

現在仲見世通りには89店舗も出店されていますが、商売はどういう人に許可を出したのでしょうか?
答えは、境内の掃除をしてくれる人です

経緯としては江戸幕府が開かれてから江戸の人口が増え、浅草寺への参拝客も一層賑わいました。それにつれ、浅草寺境内の掃除してくれていた人々に対し、境内や参道上に出店営業の特権が与えられたそうです。(※始まりは1685年)

仲見世通りの提灯に注目

続いては仲見世通りにある提灯について!通常お寺の紋といえばこのような卍。

浅草寺本堂

ただ、仲見世の提灯に描かれている紋は卍ではなく鎹山です。なぜなのでしょうか? それにはちゃんとした理由があります。

鎹山の提灯

仲見世の提灯も、元々は卍を用いていたそうです。しかし、ナチスのハーケンクロイツのマークを連想させることから、それを懸念して提灯の紋を卍から鎹山に変更されました。特に西欧の外国人は気にされる点。こういった配慮も仲見世通りではされているんですね。

浅草寺のヒミツ

これから今回の主役浅草寺について

浅草寺の成り立ちをご存じでしょうか?
ヒストリーをご紹介します。

浅草寺の歴史は遡ること約1400年前・628年3月18日
時代で言うと古墳時代、とても前のことですね。※浅草寺は東京最古のお寺

浅草に漁師の桧前兄弟(浜成・竹成)がいました。その日、彼らが隅田川で網漁をしていたところ、小さな観音像(一寸5尺=5センチほど)が投網にひっかかりました。この観音像を郷士(※村長さん的な人)の土師中知(はじのなかとも)に見せたところ草堂を設けて安置しせねばならぬ。ということで、自ら出家して僧侶になられました。それから3人で深く帰依したとのこと。これが浅草寺の成り立ちとして語られています。
観音像が引き上げられた日、もう一つの伝説があります。一夜にしてあたりに千株もの松が生えて、3日を過ぎると天から金のうろこをもつ龍が降りてきた、という伝説があります。。実は、浅草寺の正式名称は金龍山浅草寺と言います。この伝説が「金龍山」の名の由来となりました。(浅草寺縁起より)

雷門にも金龍山と書かれています

浅草寺には金の龍が描かれていたり、像があるのでぜひ探してみてください。

その後、観音像はどうなったのかというと、大化元年(645)に勝海上人(かっさいしょうにん)により秘仏と定められました。それ以来、今もって浅草寺のは観音像は非公開なんです。ちなみに、857年に慈覚大師が秘仏の代わりに本来の本尊の形そっくりの「御前立(おまえだち)本尊」(※レプリカ)を作成します。御前立本尊さまに限り、年に一度・12月13日午後2時に限りそのお姿を拝めるんです。

浅草寺のおみくじって凶が多い?

浅草寺のおみくじ引いたら凶がよく出るっていう話聞きませんか?
そうなんです。浅草寺のおみくじは他の寺社に比べると凶が多いんです。しかし、それには理由がございます。

大吉17%・吉35%・半吉5%・小吉4%・末吉3%・末小吉6%
そして凶の割合は30%
吉凶の割合 70:30
これはおみくじ発祥当時の吉凶の割合なんです。
(※比叡山延暦寺がルーツの「観音百籤(ひゃくせん)」を元にしています)
他の寺社が割合を替えたり、凶を無くしたりしている一方で、浅草寺はおみくじの伝統を守っているんですね。私も今年初詣でおみくじを引きました。結果、吉でしたが、書かれていた内容は凶でした笑 浅草寺で凶を引いてしまっても落ち込まないでください。

ライトアップされた浅草寺

個人的には浅草寺は夜に訪れるのもおすすめです。
夜になるとライトアップされとっても美しいのです。

浅草寺のライトアップが行われるようになったのは2003年。国際都市・浅草のイメージアップを目指し、江戸幕府誕生400年の記念事業としてライトアップが始まりました。発案したのは浅草寺周辺の商店主たち。

これは雪の日に行ったのですが、圧巻でした。

最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。
浅草寺だけでもたくさんの隠されたヒミツがありました。ぜひ友人や知人・家族などに浅草寺について話してみてください!
浅草ツアーも春ごろから再開予定ですので乞うご期待!
次回は「9割の人が知らない!? とっておきの浅草グルメ」を特集します。

他のnoteを読んでいただけたら嬉しいです!それでは!!


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