第46話  五章 七月六日 水曜日

 曲もかなり仕上がってきたと思う。既にかなりの完成度だ。学内一は間違いない。朔耶さえ失敗しなければ、音楽祭のステージは成功間違い無しだと断言できた。それでも俺達は、さらに完成度を上げるべく今日も練習を繰り返す。

 悠人に紙袋を幾つも持たせ、織姫がレンタルスタジオに遅れて現れたのは、つい先ほどの事だ。紙袋からそれを取り出したときの織姫のと言ったら凄かった。今まで目にしたこともないような笑顔を浮かべ、放っておくとどこかに飛んでいきそうな程に騒いでいるのだ。

「朔耶っちにカナミちゃん! 衣装があるんだよ。これ着てね?」
「ああ……あぁ!? なんだよこれ、こんなの着れるか!」
「朔耶っちも! ど、可愛いでしょ! 可愛いよね!?」
「うわ。すっご。なによこれ」

 俺の視界に極彩色の何かが見えた。ああ、可哀想に。これが俺の第一印象である。

「良いから良いから、ね? 朔耶っちのお父さんのお墨付きだよ!」
「え!? お父さんの趣味なの? これ」
「そかも? わかんない」
「……うん、大丈夫。メジャーになるためだもの。これしきの事でくじけるワケにはいかないんだから!」
「なあ、オリヒメ、まさかとは思うけど、私がこれを着ること、私の母さんにも約束してきていないよな?」
「やだなぁ、カナミちゃん。もちろん約束してるに決まってるじゃない! 由美子さん、大喜びだったよ? すごくはしゃいで喜んでくれたんだぁ。わたし、少し驚いちゃった。由美子さんって、わたしのお母さんよりずっと面白いね! 今度交換しようよ!」
「あのバカ親……」

 織姫の意味不明な提案のためかどうかは判らない。だが、アイツはその赤い布きれを摘み上げ、あからさまに嫌そうな顔をしていた。

「ね、こんどウチのお母さんと交換しよう?」
「着る、この服を着させて貰うから、その話はまた今度、な? いいよな、オリヒメ」

 だが、アイツはアイツなりの覚悟を決めたらしかった。

「うん。その服ね、わたしのとおそろいだよ? 色違い。カナミちゃんが深紅で、わたしが紺碧ね。赤と青だよ。いいよね? 朔耶っちの緑色ともおそろいなんだ!」
「コスプレにしても派手すぎる……いつの時代の無国籍アイドルなんだこれ……いや、なんだよこれ……? やけにしっかりした作りじゃないか……」
「え? ウチのお父さんの秘蔵コレクションの中に由美子さんの写真があったから、一番カッコ良い奴を選んでわたしの知り合いに作って貰ったんだ。喜んで作ってくれたよ? でも、完成した時にはね、かなり今風のデザインに直されてたんだ。あの尖った感じがカナミちゃんっぽくて最高だったのに。ちょっと残念かな」

 一体どこの学校の制服だよ、と突っ込みを入れずにはいられないほど装飾過多の、アイドルめいた改造制服だった。……でも、ちょっと、いや、かなりアレな雰囲気のその服だったが、日頃ルーズなイメージが付きまとう三人にはちょうど良かったかも知れない。

「すっごい服だよな、あれ」
「ああ。眼福眼福。きっと釈尊もお許しくださるに違いない」

 お前もデザインの選定には携わっていたはずだよな? とは言わないでおいた。アイツらにあんな服を着る事を強制する重大な任務。その偉業を成し遂げた悠人が血の海に沈むのは忍びなかった。

「なに言ってるの? お兄ちゃんに悠人くん。お兄ちゃん達はこれ。私たちとおそろい。お兄ちゃんは腹黒い蛇だからこっちの黒。悠人くんは天使みたいに清いからこっちの白いの。二人とも、イメージにぴったりだよね」

 同系統のデザインの男子用改造制服が目の前に差し出される。なんだそれは。聞いていないって。……冗談じゃないぞ? 全く同意できない。

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