その努力、ほんとに正しい意味で使ってますか?

頑張ることは素晴らしいのですけども、結構、努力って言葉を定義もせず曖昧にしてませんかねという話です。

あ、写真は有名なヤビツ峠のストレートです。
10%の坂が2kmっていう、初心者の心を折るには十分な上り坂ですw
こんな坂でも、順を追って丁寧に鍛えていくと、案外、自転車でも登れたりします。

まあそんなわけで。
努力はただ頑張るんじゃなくて、手順を順に追って、丁寧に学習し成長していこうってやつです。

努力ってのは別に作業をルーチンでやるわけじゃないんですな。
ついでにいうと、難しいことに挑戦して困難を乗り越えることでもありません。

「ただがむしゃらに頑張ればいい」というのは、思考停止したまま作業を反復練習することで慣れればいいな、というスタンスの練習方法です。

でも、努力、といった場合、それはあまりにも効率が悪いし、そもそも慣れで出来ることには限りがあります。
なので、その定義を明確にしておかないと、結構迷いやすくなるんじゃないかなと思います。

だから努力を詳しくいうと
必要なことを必要な手順で行い、修正しながら、時に間違いすぎて全部ひっくり返したりもするけど、そのへんも含めて要領を把握し、物事を【能動的に最適化していくこと】
です。

要は
よく知らないことを丁寧に順を追って、必要なことを覚えていくこと
だと思ってください。

もっというと
クリアできることだけをコツコツと順にクリアしていく
これに付きます。

そのへん、努力って言葉を使うことでただ一生懸命になり、意味の定義を曖昧にしちゃうと、つらい苦労になっちゃう気がします。
他人にそれを要求したりされたり場合なんかは、もう最悪です。

だから、努力ってやつは楽しくても構わないし、辛くなくてもいいし、楽で簡単でも構わないし、むしろ積極的についうっかりすすんでやってしまう、とか最適です。

別に、物事の上達や覚えることに必要な知識や労力の総量があまり変わるわけではないので、どうせやるなら辛くないとか楽しそうな方がいいに決まってます。
なんかいいことだと思ってやる努力はだいたい楽しいことが多いのですな。

たとえばゲームって死ぬほど面倒な事柄の集合体ですが、それを楽しく感じるのは、楽しい努力になるようにされたプレイデザインによるものです。
楽しく感じないのは自分にあってないか、コンセプトにズレがあって運用がうまく行ってないかであって。

もちろん、そのジャンルの中でトップ中のトップになる物事になると、流石にいろんな肉体的や精神的な制約出てくるかもですが。
ただ、多くのことはそこまででもなくて、ある程度多人数が同じような成功してる物事に関しては、割とそこそこの段階に行けます。

で、社会的にお金出せるほど必要なレベルに達するとプロなどと言われるだけです。

そうした手順の共用や方式で物事をえられるのが人間の良さであり共通点なので、あとは多少の向き不向きと好みと実行力によるところが大きくなります。

つまり、物事の習得を決めるのは
・目標の決定
・必要手順の理解
・現状確認
・試行による自己検分
・洗練化と合理化
・どのへんまでやっていいと思えるのか

になります。

この内、重要なのが手順と現状確認、そしてどのへんまで労力をかけてもいいと思えるのか。
この辺の見立てを間違えるとだいたい大変なことになります。

ただし、だいたいどれもこれも一定の段階に行くまではクソめんどくさいです。
コレは物事を覚えるとき、必要な知識と経験則、慣れと理解度が必要なためです。
体力なり知識なりを前提として、困らない程度に技術を覚え、それを適切な目的のもとに運用するってのはどのジャンルでも相応に大変なので。

ぶっちゃけ、わかりやすいところで、学校受験とかそうだと思います。

ただ、上達したい物事は大体において趣味、もしくは生活上直接に必要でない物事も多いです。
というか仕事や学校以外ではほとんどそうです。

なので、そこまでに行くまでにかける労力と時間を考えた場合、カジュアルに楽しむのも無理せずやるのもいいし、極めなくても途中でもいいし、辛くない程度にやってもいいかなーと思えた方が、気楽にやりやすいと思います。

はっきり言ってしまうなら、別に成功しなくてもいいし、成長しない選択もアリです。(部活とか普通に体動かせばいいやくらいのことも多いし)
自分が嫌じゃない程度に楽しめて、必要な程度の結果が得られるならそれで十分なわけで。

わかりやすくいうなら、美味いラーメン食べたい、ってだけで店探して食べにいっていいぐらいにはそうです。
別に取材やブログするほど熱中しなくてもいいんですな。
近所の店とか覚えるだけでも実際には上達なんで、一般的にはそれで十分です。

でも、それで足りなくなったら、はじめて遠征したり評判の店探したりするわけで。
近所では飽き足らず、わざわざ食べに行ったり、旅行先でも探したりなんてのは深く突っ込んだ楽しみ方です。

そんな感じで別に自分で開拓したり、新店情報まで調べなくても楽しめるんですが、どこまでやりたいかは個人次第ってわけです。
それが、もしやってるうちにとことんやりたくなったり、なんかものになるなら、その時に改めて考えてみるみたいなやり方もあります。

逆に、それで嫌になったり苦しくなったら、そのときは物事との付き合い方のほうに問題があります。

もともと、やっていいと思ったことしか人間はやらないので、それで苦しいときは自分を追い込んでる場合多いです。
そういう自分によるセルフ追い込み漁は禁止して、ダメなら逃げちゃってもいいくらいに構えとくといいです。

物理的な心の筋力が足りない時に100kgのベンチプレスやめましょう。
マジで心壊すんで。
まあ無茶やめとこうぜって記事はここ参考に。

そんなわけで、こうならないとダメとか縛らず、必要な結果が欲しい時に必要な労力をかけていいかどうか、とりあえず今はどこまで出来るのかの範囲で考えた方が、おそらく労力も気苦労も減るし楽しいです。

自分が発散したいだけに他人を巻き込む(ユーザーや読者などがほしいと思うのは他人を巻き込んだやり方です)とか思うとめんどくさいことになりやすいので、無茶しないほうがたぶん幸せです。

その上で、自分も他人も満たしたいなら、それは腕と選択の問題なので、まずは一つだけ優先して絞るといいようです。
とりあえず手元の一個、端的にいうと達成できそうで達成できるものからやるとおすすめなのが、大体の人類の歴史の叡智のようで。

なので
・困ったら段階を戻る、うまくいかなかったら絞って限定
・出来ることからやる、やれる範囲でやる
・そのついでにちょっとだけ背伸びする
・できないときは腕が足りないせい

と認識できるとだいたい楽っぽいです。

腕が足りないときって、まず5教科のうち国語ができなくて、そもそも問題が理解できないみたいになってることも少なくないので、本当に絞るのは大事。

自分が何に行き詰まってるのかわからないってのがいちばんのトラブルの原因で、そこに欲求が絡んで無理してデスペナ貯めて心が複雑骨折多いんですな。

腕ってのは心の財布なので、予算足りないときは何をやっても予算足りないですし、とりあえず一個しか手を出せないことが多いです。

そこで心の借金始めると心の負債がたまっていくんで、予算内で何ができるかって考えはいつも大事だと思います。
無い袖は振らない、だいじ。

このあとはちょっと手順についてもう少し詳しく説明しようと思います。

あと、一応ここでも手順の簡単な紹介ぐらいはしてるんで、有料記事ですが参考までにー_(:3」∠)_

そんなわけでこっから先は有料。
具体的には、
・目標の決定
・必要手順の理解
・現状確認
・試行による自己検分
・最適化と合理化
・どのへんまでやっていいと思えるのか
あたりの個別説明です。

よろしくおねがいしますー(๑•̀ㅂ•́)و✧

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