【創己祭無配】有意義な朝


 八時三十五分。
 絶起、遅刻、寝坊、地獄、一限、欠席、落単、最悪、絶望。
 一限の開始が八時四十五分、うちから大学までは車で十数分。着替えもメイクも準備もまだ。
 大学生なら誰もが過ごしたことのある朝。これを過ごすまでは大学生じゃないねと大口を叩くような奴がいるほどだ。私はそいつのことが好きではない。
 生成の羽毛布団を蹴飛ばして、寝ぼけ眼を擦る。怠惰。布団を蹴飛ばした時点で、一限に出ないことは決めていたので、今日は独りで有意義な朝。
 有意義というのは、私の人生に私が見出すものだ。たとえばこうして、授業を放棄してほの温かい秋の陽射しを浴びること。たとえば、朝食を食べずにパソコンを開いてぼうっと好きなYouTuberの動画を眺めるだけの時間。たとえば、夕方シフトのバイトが始めるまでの気怠い時間を潰しに全国チェーンの安いカフェに足を運ぶだけの行為。
「それって甘えだよね」
「ただ自堕落なだけじゃない?」
「私は寝坊しても一限絶対行くけどなぁ」
 それはあなたの有意義で、あなたの人生。もしあなたがあなたの朝についてそう思うなら、それはあなたの甘えかもしれない。それはあなたの自堕落かもしれない。それはあなたの努力かもしれない。
 けれどあなたの有意義と私の有意義とでは違うので、それを強要されるものならきっと、私はすぐにでもこの人生を辞めてしまう。
「あなたはそんな風な朝を過ごすんですね、それって私とは違うけれど」じゃだめなんだろうか。他人がみんなあなたのような有意義を抱えているかといえばそれは違って。有意義でなくてもそう。努力だって、心掛けだって、財布の紐だって、あなたのものと私のものでは異なる。
 あなたが一ヶ月頑張れば買えるコスメを、私は三ヶ月働いても買えない。あなたが授業課題について常日頃アイデアを出せるような脳みそをしていても、私の脳みそではすぐに考えが切り替えられない。あなたがやるぞと思って作れるような作品を、私は三日三晩の努力で無理やり作り出している。
 もちろん私ばかりが不利なわけではなくて、その逆だってあるのだろうけれど。

 何が言いたいかというとつまり、私は私の有意義を楽しんでいるのだということだ。

 有意義な暮らしをするまでは大学生じゃないね。

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