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昼寝の時間に

原田さんが5歳の頃の話だ。

原田さんが通っていたのは保育園で、
お昼ご飯の後に昼寝の時間があった。
普段は皆がはしゃぎ回る大広間の
カーテンを締切って、タオルケットをかけて
1時間ほど皆でお昼寝をする。
園児が寝てしまえば、
その間少しでも先生達は休めるので、
早く寝てほしかったんだろうな、
と原田さんは笑って話した。

当時の原田さんは、相当なイタズラ小僧で
暴力こそ振るいはしないものの、
先生の目を盗んで、女子に濡れ雑巾を投げたり
貸出用の本を破いて紙飛行機にしたりして、
しょっちゅう怒られていたらしい。
今思えば何が楽しいのか分からないが、
少なくとも当時はそれが原田さんの
日常だった。
そんな原田さんには金谷君という親友がいた。
金谷君も負けず劣らずの悪戯好きで、
2人して先生に呼び出されるうちに
仲良くなっていったらしい。


ある日、恒例の昼寝の時間になった時
原田さんは金谷君と相談し、
イタズラを決行するとこにした。
寝たふりをして、先生をやり過ごし、
部屋から出ていったのを確認してから
部屋にある鍵盤ハーモニカを
皆の耳元で大音量で拭いてやろうというのだ。
傍迷惑極まりない話だが、
原田さん達は計画を考えただけで
笑いが止まらなかったと言う。

原田さんと金谷君が隣同士で寝転がり、
嘘の寝息をたてはじめた。
数人いる先生たちが順番に
園児の様子を確認し、
眠れない子は横で寝かしつけ
騒がしい子たちには注意をして回っていた。
一番の問題児2人が早々に寝静まったせいか、
普段より早く先生たちは部屋を出て行こうとしているのが気配で分かったという。
しかし、嘘の寝息でも深く息をし過ぎたせいなのか、原田さんは本当に眠くなってきてしまった。横を見ると、どうやら金谷くんも同じらしい。結局、2人はうつらうつらとし始め、
ハッと気付くと部屋の皆が寝息を立てていた。
先生達はまだ戻っていない。
幸いまだ昼寝時間の最中の様だった。
原田さんは隣で寝息を立てる金谷君を、静かに起こそうとタオルケットから手を伸ばした。
すると、原田さんの頭上から声が聞こえた。
「こら、寝てるのを起こしちゃ駄目でしょ」
原田さんはドキリとした。
どうやら一人の先生がまだ残っていたらしい。
なんとか寝相で誤魔化せないかと、
寝返りを打つと、声の主に
ふわりと頭を優しく撫でられた。
「ちゃんとお昼寝しよう」
声の主は当時、密かに原田さんが
恋していたという深山先生だった。
頭を撫でられたのが恥ずかしくなり、
タオルケットを引っ張り顔まで
すっぽりと被ると、
クスクスと笑う声が聞こえた。
そして、少しして、静かに
足音が遠ざかる気配がした。
向こうの方で、ヒクヒクと声が聞こえた。
どうやら、寝付けない子はまだいるらしい。
しかし、原田さんはまた睡魔に襲われ、
結局、皆が起き出すまで眠ってしまった。

起き出して、原田さんは金谷君に
寝ちゃったな、などと話しかけたが、
金谷君は悪戯が失敗したのが
気に食わないのか、黙って下を向いていた。
少しして、原田さんは園長先生達が
慌ただしくしている事に気が付いた。
何かあったのだろうかと、
近くの先生に聞いてみるも、
曖昧にはぐらかされてしまう。
その内、救急車の音が聞こえ、
徐々に音が近くなっていく、
やがて、保育園の前に止まると
救急隊員がバタバタと玄関口に向かってくる。


後日聞いた話ではあるが、
当時の給食に出ていた食べ物で
アナフィラキシーショックを起こした
児童がいたらしい。
昼寝が終わった後、先生の1人が
児童の様子がおかしいことに気がつき、
救急車を呼んでいたようだ。
幸い、その児童は一命を取り留めたが、
保護者との間で随分揉めたらしい。

原田さんは続ける。
それでね、この間久しぶりに
金谷と会ったんです。
地元に帰省したタイミングで
たまたま会えたのだという。
そこで金谷さんと、当時の話になり、
彼はこんなことを口走ったのだそうだ。
飲み会が終わる頃には、酷く
酔っていたのだろう。
と原田さんは前置きして。

「あの、救急車が来た日、俺はずっと
起きてたんだよ。
お前が寝たのに気付いたから、
仕方なく寝たふりしてたんだけどさ。
だから、見ちゃったんだよ。
深山先生が苦しそうにしてる子を、
笑って見てたのを。
気づいてたのに放置してたんだ、あの人」



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