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再録/2021年の海の日に書いた文章

四国の海辺の町で育ちました。人口は五千人ぐらい。町内に高校はなく、わたしは毎朝六時半に汽車に乗り、片道一時間弱かけて隣の市へ通学していました。

 列車はおおかた内陸を進み、田んぼか茂った山林が続きます。けれど、ぱっとしない道程で一ヶ所、右の車窓に突然海がひらける地点がありました。

 トンネルを抜けた汽車がその広い砂浜の脇を通るのは、たぶん1分にも満たない時間でした。車内にぱっと朝の海の黄色い光が差して、乗客のうち何人かはやや目線を上げます。

ぼうっと眺める海は季節や天気によって全然違う色を見せました。薄い灰色、青緑、夏の盛りには抜けるような水色…。そのうち海を通り過ぎ、またわたしたちは俯き直して居眠りをしたり課題を進めたりしました。

 そのルーティーンに気づいたのは何年生の頃だったかわかりません。

乗り合わせた人たちが微かに心を海に傾ける、その一瞬が、当時のわたしにはとてもセンチメンタルに響きました。今でもふと思い出される光景です。

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昨年某所に送った文章を再録しました。