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「まち本来の魅力」を最も表現していた看板

先日、個人的に「境港・水木しげるロードで最も秀逸だと感じていた看板」が撤去されました。
境港駅構内の、線路の終端にあったもので「これより先 妖怪たちの霊力によって 思わず愉快になることがありますので ご注意ください。※お帰りの際「魂」の置き忘れにご注意ください。」と記されていました。
設置年はよく覚えていませんが2000年代前半ごろだと思います。

「こんなに楽しい! 妖怪の町」(水木しげる:監修、五十嵐佳子:著、実業之日本社:2006年4月刊)の冒頭は、JR境線の案内から始まります。

≪境港へは、米子から「鬼太郎列車」で行きたい。≫
≪妖怪列車は人間界と妖怪界の間に立ちはだかる結界をまたいで走る列車でもある。≫
≪改札に通じるドアの前には、「妖怪の町に、ようこそ」と書かれた門がある。その門をくぐるとき、思わず頭を低くする旅人が少なくない。鬼太郎列車で移動した40分のうちに、妖怪世界へ入るための心の準備がすっかり整い、まっさらな気持ちで「こんにちは。お邪魔します」と思えるからだろう。≫

自分が初めて境港を訪ねたのは、もちろんJR境線で、境港駅が近づき車窓から島根半島が見えてきた時の高揚感は忘れられません。
「水木しげるロード」という、独創的な「まちづくり」を楽しむには、やはり「鬼太郎列車」に乗って、プロローグの米子駅から徐々に気持ちを高めていくのがいい、と思っています。

2006年に、JR境線にある16の駅には「妖怪の愛称」が付けられ、境港駅は「鬼太郎駅」、米子駅は「ねずみ男駅」となりました。当時、米子駅には「ねずみ男売店」もありました。そのころに走っていた「3代目の鬼太郎列車(4種類あり)」は、個人的に最も気に入っているデザインです。
すべてにおいて、まちづくりの「原点」である“遊び心”が感じられ、すごく魅力的でした。

水木しげるロードの魅力は、やはり“遊び”にあると思っており(自分が惹かれたのはそうです)、鬼太郎列車とJR境線は、その「基点」として生きていました。当時は“妖怪たち”もボランティアが殆どで自由闊達な雰囲気が強かったですが、鬼太郎列車に乗り込んだり、駅で出迎えて人力車で走ったりと、「境港駅」および「列車の乗客」と結び付いた要素が、今よりも多かったです。

今、道路のリニューアルだけでなく、さまざまなものがアレンジされました。
全体的には美しく変貌し、歩きやすさや見逃さない工夫は成されていると思います。
ただ、自分としては、このまちのユーモアあふれる“少しふざけた”“型にはまらない”“縛られない”と言ってもいい“小ネタ”が大好きで、その要素が薄れているのは、少し虚しさを覚えます。

最も好きだった、この看板。
写真に残して、宿の壁面に貼っています。
20数年の歴史があるから、今がある――。その証として「古き良き時代」の魅力も知っていただければと願っています。

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