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【感想文】『京大中年』菅広文

できるだけじっくりと味わいたかったのに、驚きの速さで読了してしまった。普段から起承転結を考えて言葉を扱う人の文章というのはやっぱり読みやすい。

ちょうどライター仲間に「おすすめの本ないですか?」と聞かれたので、「『京大中年』おもしろいしタメになるよ!」と勧めておいた。
宣伝しまくってくれ~という菅さんの言葉を忠実に守ったかたちになったのだけど、それがなくても勧めたくなった。

というのも、「相方としゃべってるのが楽しいから、その楽しいことをずっと続けていくために芸人になろう」と決めて実行し、継続しているのが菅さんだ。
少し違うのだけど、私も「担当さんたちと一緒にひとつのコンテンツをつくるのが楽しいから、その楽しいことをずっと続けるためにシナリオ職人になろう」と決めて今の仕事をしている。

「好きなこと」を仕事にして、「長く付き合いたい人」「好きな人」と一緒に続けていきたい人にはもれなくオススメできる1冊が『京大中年』だ。

作中で相方の宇治原さんはいじり倒されているのだけど、隅々にまで相方への愛とリスペクトが感じられた。
最初の『京大芸人』を出したとき、読者から「菅ちゃん、宇治原さん大好きやん、仲良しやん!」みたいな反応があったことが意外だった、みたいなことを菅さんが言っていたけれど、

いやいやいや、大好きだということしか書かれていないけども!?


と多くの読者が思ったことだろう。
今作はそれ以上に、人生の伴侶への愛が詰まっていた。

というロザン好きとしての感想はひとまず置いておいて。帯にある『社会に出てからの「学力」の正しい使い方』というのも、オススメできるポイントだ。


勉強をした経験とそれで得た感覚を忘れていない人が社会という海に出ると、「学力」を使ってどういう泳ぎ方をするのか。


菅さん自身がこれまでを「紆余曲折のない芸人人生だった」というのは、おそらく泳ぎ方がめちゃくちゃ上手だったからではなかろうかという印象を受けた。
先のリスクを見通せるから逆算も的確だろうし、こつこつ足し算すべき時にはどれだけ地味であろうとサボらず足し算する、みたいな。

要所要所で決断が必要になった際に、泳ぎが下手な人だと100の振り幅になって「紆余曲折」が発生するだけのことで、菅さんの能力だと20くらいにしか振れないから「平坦」に感じてしまうのかな、などと思った。

ただ、逆算して準備しているから20なだけで、その逆算中は人の数倍頭を、あるいは体を使って動いているはずなので決してラクなわけではない。
いや、菅さん天才だからもしかしたらめっちゃラクなのかもしれないが。

というか、そういう感覚がある人は「ああしたらこうなるかな」「こうなるともうすぐああなるかもな」みたいな感じで自然と「流れを読む」から、周囲が思うほど深く考えていないんじゃないかなと想像する。
「ほなこうしよか」と身軽に動くイメージというか。
バランスがいいって、きっとそういうことなんだろうな。
戦略を練っている間、菅さんにとっては当たり前のことでなんてことのない時間を重ねているだけなのかもしれないけれど、ほかの誰かが同じことをするとそこを「紆余曲折」と表現しそうでもある。というところだろうか。

それは自分の教科書に「はじめに」があるか、ないかの違いかもしれない。
あるいはかっこつけの「はじめに」にしてしまって、ブレが生じているか。

 学生の誰もが口に出したことのある発言。
「なぜ勉強しなければならないのか?」
 ここでまたあなたの名言です。
「教科書の《はじめに》の部分を読まないから。
あそこには『なぜこの科目を勉強しなければならないのか?』が書いてあるのに。
 そこを読んでから教科書を読み込むと『この教科書では何を伝えたいのか?』がよく理解できる。
 逆にそこを読まずに勉強するから、勉強する意味がわからない」

『京大中年』菅広文

宇治原さんの言葉だ。

人それぞれの自分だけの教科書に「なんのためにこの道を選んだのか?」が書いてある「はじめに」の部分。
好きなことを仕事にしているからには私にもあるし、これを読んでから思い返してみると20代、30代ときて徐々にアップグレードされている。
芸人の道に教科書はなくて、教科書さえ持てば最強の宇治原さんにどうにかそれを与えたい、という切り口がとってもロザンだったし、40代が見えてきた今こうしてこの本に出会えたのは幸運だった。

そういえば、いつだったかキングコングの梶原さん(いや、カジサックの時だったかもしれない)が、「いい漫才ほど相方にちゃんと視線を向けてる」みたいな話をされていたことがあって、それを聞いたときに真っ先に思い浮かんだのがロザンだった。
ファンの贔屓目ではなく。
じっと宇治原さんを見つめる菅さんの姿が浮かんだ。

高校の同級生であるロザンのふたりが敬語で話していて、それは仕事として成立させやすいからということと、敬意をサクッと示しやすいという意味合い。
長く続けよう、続けたい、という想いがあるからこその術は、まさにそうだなあと。それでさっきの「いい漫才ほど相方にちゃんと視線を向けてる」というのを思い出した。
楽しくしゃべりたい、それを続けたい、じゃあどうしたらいいんだ、というのを毎日体現されている。素敵なことだと思う。

ますますロザン好きだな〜!

私はどうしても言葉足らずになりがちな性質があるので、一緒に仕事をする人たちには丁寧すぎるくらい丁寧に敬意を示していかねば……とあらためて。

最後に。
私は宇治原さんが大好きだけど、『京大中年』では「宇治原さんへ」の手紙の章より、「宇治原さんの両親へ」がぶっちぎりで好きだ。
京大にまで行った自分の息子が、まさか芸人になりたいなんて言うとは思わなかったご両親。
の、菅さんへの対応の遍歴に泣くほど笑ったあと、菅さんだけが号泣したくだりでたぶん菅さんと同じくらい号泣した。そして笑った。

製造元まで愛しいロザン。各方面にありがとうの気持ち。
また10年、20年と経ったときに『京大老人』が読めるのが楽しみだ。
おふたりとも元気に楽しく、長く続けていってほしい。

自分の「はじめに」はどういうものだったのかを思い返して、「よし、私も楽しく仕事するぞ~!」となれたいい読書体験だった。

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