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【読書履歴】文にあたる

著者:牟田都子

ちょうど、ことばを紡ぐこと、文章をつくることを生活の中心に据えようかどうか考えていた時、書店で目に留まったのが『文にあたる』(牟田都子)でした。

本づくりには校正という工程があり、それはただ単に過ちを指摘し修正をするだけの仕事ではないということを、この本で初めて知りました。

綴られている文章が凛としていて、筆者の仕事に対するまっすぐな姿勢を感じ、最後まで魅了されながら読み進んでいきました。書籍タイトルの「あたる」もそうですが「拾う」や「落とす」などの、校正者の使う独特のことば使いにも感じ入るところがあり、自分にはとても読後感の良い本でした。

実はそう感じたのはそれだけが理由ではありませんでした。校正とは「やってもやっても完璧になることはない」ということが繰り返し語られるのを読み、今の自分の仕事も同じで通底しているところがあり、この本の筆者のように戸惑いながらも真摯に向き合っているだろうかと改めて考え、読み進めている自分に気がついたからです。

私は建築設計を生業にしています。建築設計は依頼されて始まる仕事です。建築主が居て、必要としている建築があり、そのための敷地があって、建てるのに必要な予算がある。そして、その設計を依頼される立ち位置に自分が居てはじめて始まる仕事です。依頼が無ければ、ただ妄想するしかない仕事です。建築家というと表現者だと皆に思われることが多いですが、その実の多くはとても受け身の仕事だと言えます。

また「これは素晴らしい設計が出来た」と思ったことは一度もありません。ずっとやり残したことがあったり失敗したことがあったりの連続です。できればやり直したいと思うことの方が多い。次こそはと心に誓い毎回挑戦するのですが、その度に同じ思いをしています。ですから常に挑戦できる立ち位置で居たいとは思います。

建築設計でいう「校正」作業は、ある程度の大きな設計組織であればデザインレビューや設計検証会と言われる図面の査読があります。施工できる図面なのか、法的には問題がないのか、建設コストに見合った内容になっているのか、設計・施工工程は間に合うのかなど、多角的なチェックがおこなわれます。
設計者にとってはとても面倒な作業です。上がってくる先の質疑に一つ一つ答えなければならないからです。どうでもいい質問もあれば、良くぞ指摘してくれましたと思うものもある。そこに求めるものは「文にあたる」に出てくる校正者のようでいて欲しいという思いでした。

私の関わる仕事では、どうにかしてミスを指摘をして設計者をギャフンと言わしてやろうという指摘が多いのが現状です。この図面はこうではありませんか?と筆者の牟田さんのような問いかけであって欲しいと思うのはどうでしょうか。
建築への愛情あるものづくりは、本を作るための校正と通じるところがあるのだなと感じた一冊でした。


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