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おかあさんは無料ではない

知的障害のあるニンタは、四年生。小学生の支援級に在席していて、支援級というのは知的障害、発達障害、身体障害、事情はさまざまだけれど、一年生の時は、たいていは親に付き添われて登校する。

そもそも支援級でなくとも、一年生だから、さあ、一人で歩けと言われてもなかなか厳しいもので、付き添ったり付き添わなかったり、家庭によってまちまちである。

ニンタももちろんそうで、新一年生の頃はランドセルを背負って学校まで歩く体力がギリギリだったし、小型犬がシッポをふりふり愛らしく散歩していても固まって警戒するくらい臆病なので、とても一人で歩けそうになかった。

ところが。じゃーん、ニンタ四年生、なんと現在は一人登校している。

三年生から徐々に体力がついてきたなと思ってはいたけれど、こんなに早く一人で行けるようになるとは思わず、嬉しい誤算だった。

もちろん突然一人登校になった訳ではなく、少しずつ段階があった。

毎朝一緒に並んで歩いていると、機嫌の良い朝はスタスタと先に歩くようになり、そのうち持参のお弁当も「自分で持つ」と言うし、「それじゃあ、ここから離れて歩いてみようか?」と提案すると、意気揚々と一人で歩くようになった。

私は10メートルほど離れて、尾行スタイルでついていくのだけれど、私が離れていると、しっかり者のお友達が話しかけてくれたりして、ニンタも嬉しそう。

もしかして、一人登校できるかもしれないー???と、私がほのかな期待をし始めたのが三年生の秋くらい。

ニンタの朝の様子を、私は毎朝先生に伝えて「今日はあの角から一人で歩いて来たんですよ」などと話すと、先生も我が事のように喜んでくださった。

 尾行の間隔はどんどん長くなっていき、私は見晴らしの良い場所で見守るだけの、お天気カメラの定点観測のようになってきた。

ところがある日、先生に「ニンタが『四年生から、もう一人で行けるよ』って言うんです!」と、報告すると、サッと先生の顔色が変わった。

「四年生からというのは、どうしてですか?登下校は学校の管轄なので、一度会議を通さないと…。あの、おかあさんはどうしてニンタちゃんを一人で登校させたいのですか?」

え?え?え?
どうして一人で登校させたいか?
え?

私は「どうして一人で登校させたいか」などということを考えたこともなかったので、困惑した。一人で登校したい、させたい、と思うのがあまりにも当然の事だったので。

「どうしてって…。いつまでも親が居ないとどこにも行けないのは困りますし、なによりニンタが一人で登校出来そうだと思ったことで、自信がついて喜んでいるからです」。

学校児童全員に「どうして一人登校したいのか?」と理由を答えさせていないのに、障害児の親にだけ理由を述べさせたり、会議を通さないと許可しない、と言ったりするのは、その時点でアウトな行動になる。

先生、それは差別ですよ、と心の中では思ったけれど、私はこの先生がニンタの為にどれだけ熱心に時間を割いてくれているか知っている。

だから、その言葉は胸にしまったし、会議にも出席します、とだけ言った。

そしてその後の会議というか話し合いも実行されたけれど、「天候の悪いとき、体調が悪いときは様子を見たり付き添う」とか、それは親なら普通そうするでしょう、という事を書面で改めて確認されたのも、なんだか虚しい気持ちがした。

先生は怖いのだ。登校の話だけではない。いつもいつも、事故が起こらないか、親からクレームが来ないか、教育委員会や学校で決められた約束事に反していないか、気にしているのが伝わってくる。

例えば、ニンタが一人登校して、万が一転んで泣いて動けなくなったら、先生は持ち場を離れて駆けつけなくてはいけないかもしれない。

朝の時間、付き添って登校する親の存在は、確実な人手であり戦力であり、トラブルを防ぐ手立てになる。

その人員をやすやすと手放してはいけない、そういう立場なのだと思う。

でも、もし私が早朝働く仕事についていたら?或いは、起き上がれないような病気だったら?

その時は移動支援などの制度を使うか、ボランティアを募るように言われるのかもしれないけれど…。

親の付添いは当然の事で無料だと思われていることがモヤモヤする。朝の付添いをしている親は、子の最善を考えて、我が子のために付添いをしているのであって、学校に無料奉仕しているわけではない。

その我が子が、「もう一人で行きたい」と言い、親も大丈夫だと判断したら、他害でもない限り、それはもう他の誰かが口出しできるものではないと思うのですが。

単純に、登下校で事故があったら学校の責任問題になるから、こういう対応になっちゃうんですよね、ハイハイ、と思うしかないのだけれど。

釈然としない。

障害児の親は、無償労働者ではない!

と、心のプラカードに書いてシュプレヒコールをあげる。

無事に一人登校が開始されて、それはそれで喜ばしいから、つまらないことは忘れよう。

…とは思わないのが、私のしつこい所である。でも、こういう小さいことを見逃さない事で、世の中の当たり前を変えていきたいと、本気で思っているのだ。

小心者の私は、先生には言えなかったけれども。





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