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さよなら、しまっじお。

いっちゃんが「しまじろう」に夢中になるまで、あっという間だった。生まれてすぐに「資料請求の方に、お名前シールを無料プレゼント!」の文句につられて個人情報を提供して以来、お試しDVDが定期的に届く。

「しまっじお!しまっじお!」1歳で言葉を話せるようになってから、1日何度もしまじろうのお試しDVDを見せろとせがむ。そのうちに「しまじろうの教材で歯磨きがこんなにスムーズに!」「オムツはずれ応援スペシャル!」と、一人目子育てで何もわからない親にとって、渡りに船の情報が届く。

そんなに高価なものではないけれど、おもちゃが毎月届いてどんどん増えてしまうのが嫌なんだよなあ。でもまあ、歯磨きだけなら…と入会して、しばらくして退会。次はトイレちゃんの回に入会して、またしばらくして退会…と、何度かお目当の時に入会したことにより、絵本も数冊手に入れることになった。

寝る前、いっちゃんには必ず絵本を読んでいた。「コデ!」いっちゃんが選ぶ本はいつも「しまっじお」。私は辛抱強く3冊くらいのしまっじおの本をヘビーローテーションで読んだ。

ある日のこと、「オカーサン、キョウハ、コデ!」いつものように差し出されたしまっじお。「はいはい、これね。『夏のおでかけスペシャル。今日、しまじろうはお父さんとお母さんとお出かけです。しまじろう、車に乗ったらどうす…』うわあああああ!もういやあああ!!!飽きたあーーーー!」

母親がしまじろうを読んでいて急に発狂したので、いっちゃんはきょとんとした。限界だった。毎日毎日しまっじお、しまっじお…せめて、他のしまっじおが読みたいよ…!

私はついに陥落して、しまじろうの会員として生きる決意を決めた。

幼児期のしまじろうは、親子で一緒に遊ぶのが基本で、こども一人では作れないような工作が毎月届く。「コデ、ツクッテ!」正直、私は紙工作でお弁当を作ったり、お店屋さんを作ったりすることに、何の興味もない。でも、いっちゃんのしまっじおへの情熱をあしらうことなど不可能で、私は奥歯を噛み締めながら、いつも工作をしていた。「デキター!ジョウズジョウズー!」すぐに飽きてしまうのはわかっているけれど、それでも、今はものすごく作りたい。こどもの一過性の情熱に付き合うのは、何かの修行のようだった。

しまじろうは、DVD、絵本、工作、繰り返し遊べるエデュトイというおもちゃが届く。いっちゃんは万遍なくそれらを遊ぶ、優秀なしまっじお信者だった。幼稚園に入ってからは、公園でいつまでも遊びたがるいっちゃんに「今日はしまじろう届いているよ」と言うと、すぐに帰ってくれるので、月に一度の必殺技になった。絵本も自分で読めるようになったので、一人で熱心に読んでいた。DVDの再生方法も覚えたので、器用にDVDを交換して一人で見るようにもなった。

年長さんになると、しまじろうの世界に、ランドセルの妖精が加わる。DVDはほとんどランドセルの妖精が主役になっていき、しまじろうはお別れも言わずに静かにフェイドアウトしていった。小学校からもよろしくね!初めての子育てで、小学校からの勉強をどうサポートして良いかわからなかったので、私はそのままランドセルの妖精のしもべとなった。

小学校になると、いわゆる通信教材として勉強がメインになる。いっちゃんは、特に楽しむでもなく嫌がるでもなく、言われるがままに毎日通信教材で勉強した。そのうち、親の私が、丸つけが面倒になって、自動で丸つけをしてくれるタブレットタイプへとプラン変更した。それからは、勉強するほどポイントが貯められて、そのポイントでレアカードと交換したり、ミニゲームができるご褒美があって、それが楽しくて続けているようだった。

いっちゃんの成績は、悪くはないが、ずば抜けて良いわけでもない。気まぐれに難しめのドリルを買ってやらせて見ると、応用問題が見事にできなかった。漢字もだいたい出来ているけれど、100点はとれない。その自分の出来ていない隙間を一人で埋めるのは、いっちゃんにはちょっと難しいのだな、と思った。

もう10歳だもんね。そろそろ塾かな…。いっちゃんに話すと、「塾には行ってみたいけど、通信教材は、ゲームとか漫画が面白いから、やめるの嫌だなあ」と言った。しかし、毎月の料金を見せて「ゲームと漫画のためだけに、これだけ払うのもったいなくない?」と聞くと、すぐに「前言撤回!」と言ったので、私はついに退会の決心をした。

退会は電話でしかできなかったので、コールセンターに電話。「よろしければ、退会の理由をお聞かせいただけますか」とのことなので、そのまま正直に話す。「ありがとうございました。これで手続きは終了です。他にご質問はありますか?」「はい。あの、幼稚園の前からずっとお世話になっておりまして。長い間本当にありがとうございました」。そのまま電話を切ったが、もう言う前に泣いていた。声を震わせないようにするのに精一杯だった。「おかあさん!泣くところじゃないから!」いっちゃんは、テレビでもなんでも、すぐに泣く私に慣れている。

そのまま、近所の塾に見学に行き、体験授業も受けてきた。「楽しかったよー!」いっちゃんが元気に帰ってきて、ほっとした。このまま、どこかの塾に行くようになるかもしれない。

ああ、長かったなあ、しまっじお…。下の2人がいっちゃんのお下がりの教材で遊んでいるから、しまじろうはまだ現役だ。でも、いっちゃんの退会により、とりあえず関係は絶たれた。

いっちゃんがここまで大きくなるまでの、この長い長い年月をずっとしまじろうが伴走していたかと思うと、一つの時代が終わったような気がする。そして初めての子育てで何も分からなかった自分が、しまじろうを憎々しく思ったり、しまじろうに助けられたりしていた、そういう一つ一つの思い出に泣けてしまうのだ。

さよなら、しまっじお。ありがとう、しまっじお。

あと。

「中学の勉強って難しい、でも、自宅学習30分で完璧に!」っていう販促の漫画、これからずっと届くようになるんだなあー。

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