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小さな創作(Blue)#1

愛する男が自分の中で果てていく姿は、
この世の最上の景色かもしれない。


苦しそうに悶えて果てていく彼を細目で見つめながら、
淡い意識の中でぼんやりと、そんなことを考える。


一つになれる時間は、この快楽の他に何も要らないとさえ思えるのに、
終わった後の彼の背中をみると、胸に染み渡るような気がする。
私と彼の間には、川が流れていると。


どうしてこうなってしまったんだろうか。


ー33歳、女、独身。
私は、会社の上司と不倫をしている。


女友達に言ったら、見事な軽蔑の眼差しを浴びせられるだろう。
私だって、そうするかもしれない。


でも、いつだってそうだ。
誰かに恋愛相談をしたいなんて思う頃には、もう理性なんて、こっちに手が届きやしないくらい、遠くに行っている。


誰にも言えなかった。
言えないことが、こんなにも辛いなんてね。


「瑠璃ちゃん。シャワー浴びる?」


私の愛しい男が、私を優しく抱き起こす。
3ヶ月前までは、10歳も離れた上司の、寝起きのよだれさえ愛おしいと思うようになるなんて、考えもしなかった。
結婚できるラストチャンスをかけた大事な時期に、私を弄ぶなんて、なんて最低な男だろう。



あれは、彼氏との関係がうまく行っていなくて、相当落ち込んでいた頃のことだった。


私は当時、結婚を見据えて付き合っていた彼氏がいた。
厳密に言うと未だ別れていないが、もうしばらく会っていないし、セックスだって半年以上していない。
マッチングアプリで出会った彼氏だった。

付き合いたての頃こそ週に1回程度会っていたが、それも3ヶ月くらい経ってからはどんどん頻度が下がっていき、ついにパタりと連絡が返ってこなくなった。

正直、結婚に対する焦りがあった。
多少の愛情だってあった。
でも今思うと、単に捨てられること自体が怖かったんだと思う。男に捨てられたことなんて、今までなかったから。


恋愛がうまくいかないもやもやを抱えていた頃、仕事もちょうど繁忙期を迎え、深夜まで働く日々が続いていた。気を紛らわすために、余計に仕事に打ち込んでいたような気もする。

そんな時だった。
やっと締切前日の資料作成を終え、深夜まで残っていた上司に飲みに誘われたのは。


ちょっとした打ち上げのつもりで、共に戦場を戦い抜いた同志のような気持ちで、盃は進んだ。もちろんいやらしさなんて微塵もなかった。
打ち上がり足りなかった私たちは、二次会に行く流れになり、小汚い赤提灯の店に入った。
その時点で大分千鳥足だったが、意識はしっかりしていた。


「瑠璃さんは彼氏とかいるの?」


ふと、恋愛の話になった。


仕事の山を超えた解放感からか、初めて飲みに行ったにしては波長が合う上司に弱みを見せたくなったのか、
私は無意識に、涙をこぼしていた。


「ごめん、どうしたの?変なこと聞いちゃった?」


自分でも涙が止められなかった。上司が慌てているのがわかった。

「すみませ…うっ。。」

私の涙が収まるまで、上司はぎこちない手つきで、肩をポンポンと叩いてくれた。
この手のひらの暖かさが、私の悪魔のネジを外してしまったと思う。



その後、気づいたら終電を逃し、どちらから誘う訳でもなく、自然とホテルに足がむいていた。


気づいたらそういう関係になっていた、なんていう女がいるけど、
そんなことは言い訳で、大体は女がサインを出しているんだと思う。
そして私も紛れもなく、罪深いその1人だったのだと思う。


シャワーを浴びて、私たちは同じベッドに横たわった。
私が甘えるように、上司の胸に顔を埋めると、
彼は優しく、私のおでこにキスをしてくれた。


自然に手が胸に触れ、全身を暖かくさすっていく。やがて手はゆっくりと下降し、一番敏感な場所を、怯えながらも分厚い手が静かにこじ開けていく。
そして、優しい愛撫の後、ゆっくりと、硬くなった彼の下半身が私の体内に侵入していく。

自然と声が漏れる。


計算違いだった。
寂しさを紛らわすために抱かれたいだけだった、はずだった。


悲しいことに、あの夜のセックスが、それまで生きてきた人生の中で、一番の快楽だった。


この体を忘れることができない、そう子宮がうずくような気がした。


そして、その日をきっかけに、半ば快楽を目的に、彼との逢瀬が始まった。

一度、常識の向こう側に行ってしまえば、もう居残ることに理由なんていらなくなる。むしろ対岸に戻るのに理由がいるくらいだ。


最近よく考える。

例え出口のない恋だとしても、人生の中で誰もが味わえない極上の果実の味を知れたのだとしたら、人はその果実を摘むべきだったのだろうか。

いつかその果実を味わうことができなくなるとしても。



私はね、2度と味わえない果実なら、その味を知らない人生の方が幸せだったんじゃないかって思うの。

その後食べる果実が色あせた物になるくらいなら、初めから出会わなければよかったんじゃないかって。







ねぇ、私、どうしたらよかったかな。

∑(゚ロ゚ノ)ノ