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最近読んだアレやコレ(2023.02.12)

 twitterを眺めていたら『忍者と極道』の近藤先生が、ROCAの私家版単行本について言及しており、発売を知らなかった私は、すぐさま入金し、手に入れました。いしいひさいち作品はとても好きなのですが、最近は昔ほど熱心に追えていなかったので、情報を得るのが半年遅れていたのです。ありがとう、近藤先生。ありがとう、忍者と極道……。内容もとてもすばらしいもので、単独の感想記事も書きました。十何年かけて断続的に追っていたシリーズの「終わり」を見れたことが何よりも嬉しい。

▼『ROCA 吉川ロカストーリーライブ』の感想記事

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未完成/古処誠二

 推理小説。伊栗島の人口161人の内、自衛官は41人。島の生活と密接に結び付いたその基地で、演習中に小銃が紛失する前代未聞の事件が起きる。……「物品の紛失」という題材は、長編ミステリにしては余りにも地味に思えますが、いざ読み始めてみれば、そんな読者の常識はあっと言う間に上書きされてしまいます。確かな筆力によって綴られてゆく自衛官たちの価値観は、読み手に事態の深刻さを否応なく理解させ、実感の伴った「重み」をこちらの両腕にあずけてきます。全ての手順が石垣を積み上げてゆくような丁寧さをもってなされており、描写は常に読者に並走し、置き去りにされることはありません。血の通った「自衛隊基地」が小説中にまるまる1つ立ち上がってゆくその体験は贅沢で……そして、その途上には推理小説らしいトリックやギミックも準備されています。ただし、それらはゲリラ的な驚きを持って展開するのではなく、積み上げた先に至る必然的な結論として、落ち着きを持って描かれます。強固に完成している作品であるからこそ、大きく騒ぎたてずとも、題に冠された「未完成」というキーワードに読者の芯を打つ確かな力を込めることができている。前作『UNKNOWN』を読んだのが7年前で、主人公たちのこともほぼ忘れていたのですが、何の問題もなく楽しめました。とてもおもしろかった。


無貌伝 ~双児の子ら~/望月守宮

 再読。〈無貌伝〉シリーズ第1巻。人間の顔を奪い、肉体を盗みだす怪盗・無貌。その次なる獲物は、鉄道王・榎木一族の娘の1人。危機に陥った少女を救うべく、顔のない探偵と孤独な少年が立ち上がる。種々のルールが設定された怪異「ヒトデナシ」が存在する世界での探偵もの……いわゆる特殊設定ミステリに属する作品ではあるのですが、そう言った推理小説的側面はあくまでフレーバーであり、どちらかといえば「冒険活劇」や「伝奇」の側面から探偵という在り方を深掘りしてゆく作品のように思います。他人の事件に土足で踏み込む傲慢な破廉恥漢。謎を解くことと、人を救うことの不一致。「何者でもない」怪物でなければ到底、探偵という在り方は耐えられず、しかし「何者かである」からこそ、探偵は人間として事件に向き合い、誰かを救う名探偵足りうる……。本作は、顔を奪い去られ、人間のまま「何者でもなくなった」元名探偵が、「何者かである」ことを渇望する助手の少年に強く関わってゆく、その1歩目となっています。他者の顔を奪い取る人外の怪盗、顔の見分けがつかない双子の少女……幾つもの「顔」を描きながらも、題に『無貌』と冠されたこのシリーズは、探偵という存在に「顔」を与えるのか、与えないのか。まだまだ問い始めたばかりの1冊目であり、その決着は現時点では読めません。2巻以降は未読なので、とても楽しみ。


ポケットモンスターSPECIAL(43巻~55巻)/日下秀憲、山本サトシ

 ブラックくんが大変なことになってから読んでなかったな~と思い出し、BW・BW2編をまとめて買って読みました。大変なことになっていたブラックくんの顛末を読めたのもよかったのですが、それ以上にBW2編がとてもおもしろかったのがとても嬉しい不意打ちでした。主人公の1人であるラクツくんは、精神面にとある欠落を抱えた少年なのですが、その欠落がドラマの主題に上がることなく、あくまで主題となるポケモン倫理を描くための角度の1つとして極めてフラットに描かれているのが素晴らしい。その欠落を克服することが盛り上がりとなる物語を多くを見てきただけに、相棒との出会いもヒロインとのドラマも悪との戦いも、全てを経験してもなお結局最初から最後まで何ひとつ変わらないまま終わり、それが露悪や奇の衒いでなく、ごく当たり前のこととして描写されたことには、深い感動を覚えます。ゲーム画面越しにプレイヤーが操作する「主人公」そのものとも言える、ラクツくんの虚無を、ゲームのコミカライズである本作は決して否定しない。全てを理解した上で、それでも何もない空洞に声を投げかけ、ずんずんと前進してゆくヒロインの姿も、輝かしくたくましい自己満足の力に満ちている。


シーソーモンスター/伊坂幸太郎

 昭和後期に起きたとある嫁姑の死闘と、近未来でとある配達人が送った逃避行。時代をまたいで起きた2つの争いには、宿命づけられた2つの一族の関わりがあった……。「どうしようもないことをどうするか」という伊坂作品の主題を正当に引き継ぎつつ、『魔王』や『ゴールデンスランバー』、『火星に住むつもりかい?』などの世相キナ臭シリーズをぐ全部まとめてるぐるごんごんかき混ぜ、すっきり伊坂ともやもや伊坂の2つを分離したような中編2つ。嫁vs姑のバトルが小気味よくエスカレートし、誰もが予想できるのにブチ上がらざるをえないカタルシスに到達する、標題作「シーソーモンスター」のおもしろさの間違いのなさ。逃避行でありながらも、一体何から逃げているのかすら曖昧にとけてゆき、それでも曇ったフロントガラス越しに目をこらし続ける「スピンモンスター」のままならない苦しさ。前者は遊具、後者は交通と、いずれも同じ「人を乗せて動くもの」描きつつ、真逆のカラーで乗り物が彩色されているのが見事です。不条理の象徴として、『ガソリン生活』で「乗り物は人の運転に逆らえない」という形で描かれたものが、本作においては逆転し「人は乗り物に逆らえない」となっているのも愉快でした。運命にどうしようもなく運ばれながらも、人間はそれを遊びととらえたり、あるいは窓の外を見ることができるのだ。


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