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【小説】たまごクラブ・ひよこクラブ・インドクラブ

 タイトルに大きな意味はありません。そんなわけでインド倶楽部の謎を読んでるんですが、相変わらず火村と有栖川がいちゃいちゃしており、相々変わらず「火村は昔、人を殺そうと思ったことがあるから臨床犯罪学者やってるんや~」という五億回くらい聞いた説明が繰り返されており、相々々変わらずの大変楽しくほっと安心する読書であり、『文字渦』の合間に挟むライトカロリー喉腰さっぱりな読み心地はまさにラーメン食ってる時に飲む水、有栖川有栖の国名シリーズは何時読んでも楽しいし凄いなあとしみじみひたっている次第にございます。

■有栖川有栖の国名シリーズとは?
女嫌いで猫好きの准教授、名探偵ならぬ「臨床犯罪学者」こと火村英生を主役とした推理小説シリーズ。語り手の小説家・有栖川有栖は作者と同名であり、ネイティブな関西弁喋りが読んでいて心地よい。火村・有栖川コンビを主役とした「作家アリスシリーズ」の内、講談社から出版されている国名をタイトルに冠したものが「国名シリーズ」。シリーズ内シリーズですね。言うまでもなく、エラリー・クイーンのあれのオマージュです。私のおすすめは後述の三冊。

 思い返せば私と国名シリーズの出会いは不幸なものでした。悪しき推理小説読みであった若かりし頃の私は、図書館で借りた『ロシア紅茶の謎』に向かって、ケッ!推理小説の皮を被ったキャラクター小説め!(悪い推理小説読みは推理小説が最も優れているという前提にたってものを言う)こんなの推理小説じゃなくてなぞなぞだぜ~!!(悪い推理小説読みはすぐに◌◌◌は推理小説ではない/本格ではないと知ったようなことを言う)と恥ずかしげもなく罵声を浴びせるばかり。批判内容を百歩譲って認めるにしても、せめて買ってから言えと今の私ならば叱ることでしょう。本シリーズの魅力は、作者独特の叙情性が「謎解き」という遊戯と奇跡的なマリアージュを果たしているところにあります。そして、思わせぶりな過去を匂わせる探偵・火村と語り部・有栖川の関係性は叙情性を、ワンアイデアを仕掛けに落し込む「作り」のシンプルさ・透度の高さが遊戯性をより一層ひきたてています。作家アリスシリーズには叙情性・遊戯性いずれかに偏重した作品も見られるのですが、国名シリーズは両者がほぼ同量に保たれた作品が多い気がしますね。気がするってだけですけど。最後に個人的なおすすめ作品を。

スウェーデン館の謎

取材で雪深い裏磐梯を訪れたミステリ作家・有栖川有栖はスウェーデン館と地元の人が呼ぶログハウスに招かれ、そこで深い悲しみに包まれた殺人事件に遭遇する。臨床犯罪学者・火村英生に応援を頼み、絶妙コンビが美人画家姉妹に訪れたおぞましい惨劇の謎に挑む。(Amazon内容紹介より)

長編。「雪の足跡」テーマ(犯人はどうやって雪に足跡を付けずに◌◌したんだ!?的なアレ。金田一少年の雪影村とかコナンの奇術愛好家殺人事件みたいなの)の名作。読者の裏をかきながらも、徹底的にシンプルな解答がなんとも憎らしい。極めて純度の高いパズルのためのパズルを楽しめる本格ものでありながら、ドラマ面との絡め方も抜群であり、しびれる。オーソドックスなようでいて、一点、実験精神に満ちた強烈なアイデアもぶちかましており、人によってはそこでキレるかもしれない。私は好き。

スイス時計の謎

被害者の腕時計はなぜ消えたのか。2年に一度開かれていた“同窓会(リユニオン)”の当日、メンバーの1人が殺され、被害者のはめていた腕時計が消失!いったいなぜか……。火村の示した間然するところのない推理に「犯人」が最後に明かした「動機」とは。表題作ほか謎解きの醍醐味が堪能できる超絶の全4篇。(Amazon内容紹介より)

短篇集。日本推理作家協会賞を受賞した『マレー鉄道の謎』と並んで、シリーズの代表作と呼べる一冊。とにもかくにも表題作が圧倒的。和製推理短編におけるロジックもの(トリックではなく論理的な推理の組み立てで魅せるタイプの推理小説)の頂点と言っても過言でないかもしれません。ガッチガチの推理ゲームでありながら、過ぎ去った青春を思い起こすおっさんたちから、何とも言えない情感が漂っているのも好き。そういう意味でも「時計」というモチーフの選択が完璧なんですねえ。

ペルシャ猫の謎

「買いなさい。損はさせないから」話題騒然の表題作。「ペルシャ猫の謎」。血塗られた舞台に愛と憎しみが交錯する「切り裂きジャックを待ちながら」、名バイプレーヤー・森下刑事が主役となって名推理を披露する「赤い帽子」など、粒よりの傑作集。(Amazon内容紹介より)

短篇集。シリーズの中でも異色作と呼ばれる短編を集めた一冊。挑発的なチャレンジに取り組むいわゆる「賛否両論」な表題作や、脇役である刑事を主役とした作品、探偵役の火村が猫といちゃついているだけの掌編(マジでいちゃついているだけで謎も事件も起こらない)等、バラエティ豊かな内容は作者の美味しいとこ詰め合わせでありとっても贅沢。個人的には、火村英生という男の精神性を読者の顔面にたたきつけてくる「悲劇的」が一推し。ちなみにこれも推理小説ではありません。