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ここのつの竅 中原道夫句集『九竅』を読む(1)

「銀化」主宰・中原道夫の最新句集『九竅』(2023年9月発行)を毎月一句ずつ、12回に亘って鑑賞していきます。今回はその第1回です。

ここのつの竅(あな)の明け暮れ年詰まる
             中原 道夫

中原道夫句集『九竅』所収

「25周年/300号記念号の別冊付録として、銀化会員には主宰の最新句集が届けられる」という話は聞いていた。だから、いつもより分厚い郵便が届いてもさほど驚きはしなかった。だが、開封してみて驚いた。金ぴか表紙の圧倒的な美しさの記念号とともに、それと寸分違わぬ寸法に仕立てられた別冊付録。やや藤色がかった、燻銀の光沢を放つ句集の表紙には「GINKA」の文字がデボス加工で刻まれている。
 そんな拘りの装丁に些か興奮気味にページを繰ると、巻頭句からいきなり釘付けとなった。タイトル『九竅』のベースとなった句であることは明らか。「九竅」とは人体に存在する「九つのあな」のことで、両眼・両耳・両鼻腔・口腔・尿道・肛門のことを指す。ごくごく一般の人ならば「竅」の字義や読みなど知るべくもないだろう。自分とて職業柄、たまたま識っていたにすぎない。

 漢方医学では、肝心脾肺腎のいわゆる五臓が生体を主(つかさど)っており、これら五臓の好不調が九竅の状態に現れると考える。例えば「肝は目に開竅す」と言って、目にはその人の気力・体力の度合が現れるというわけだ。してみると、中原道夫の眼鏡の奥に光る見透かすような眼差し、射貫くようなその目力は、まさしく彼の超人的な体力と胆力(いわゆる肝っ玉)との現れであると言えないだろうか。このたびの『九竅』が著者の第15句集となることを思えば、けっして言い過ぎということはあるまい。

「ここのつの竅の明け暮れ」は、単に作者一個人の一年間の生活のことを言ったものかもしれない。しかし、もっとマクロに俯瞰すれば、全世界80億の人間の人生——それぞれの喜怒哀楽や生老病死——をも包含していると鑑賞することもできる。むしろそのほうが「年詰まる」の感慨も一入となろう。そのように考えると、このフレーズはなんとも底知れぬ深さを湛えた、まるでブラックホールのごとき12音なのだと思い知らされる。中原道夫の眼鏡の奥にある瞳孔は案外、小さなブラックホールなのかもしれない。(了)

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