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虚構日記「スーパーマーケットの姫草ユリ子」

スーパーマーケットでアルバイトをしている。
担当はレジ打ちだ。
17時から19時にかけて、うちの店はいつも混む。
そしてその時間にいつも自分は働いている。

自分とよくシフトが被る大学院生のキムラさんは一昨日から熱で休んでいる。
キムラさんにはお世話になっているから代打を願い出たかったのだが、今日は元々シフトが入っていたからそれは叶わなかった。
アルバイトのメンバーがみんな入っているLINEのグループでは誰も発言していなかった。
いったい誰がキムラさんの穴を埋めるのだろうか。

自分が倍はたらけという事だろうか。勘弁してほしい。
そんなことを考えながら出勤し、レジに入る。

背後のレジには、知らない女の子が立っている。
新人のアルバイトだろうか?
いや、違う。とすぐに気がつく。
お客さんの捌き方がうますぎるのだ。

上手い、というか、巧い。

なんだろう?この感じは。
ハイスピードで商品のバーコードを読み取りながら、意識は後ろの女の子にもっていかれていた。
様子が見えないのが歯痒いのだが口調?表情?なんらかの理由で本来殺伐としているであろうこの時間帯のお客さんのこころを掴んでいる。

忙しさの山場を越えたあたりでばれないように振り返り、女の子の顔を見た。
女の子もこちらを見ていた。目が合ってしまう。

その瞬間、大きな目を緩やかな一筋の曲線へと変貌させた彼女に「おはようございます」と挨拶をされる。
何故だかすごくどきどきする。おそらく年下と思われる彼女に対してしどろもどろにおはようございますと返した後、彼女の名前を知るためにこちらから苗字を名乗った。すると彼女は「ユウキ」だと自己紹介してきた。文字がすぐには変換されなかったがおそらく「結城」だろう。

再びお客さんが店内に溢れかえる。閉店までの最後のピーク帯だ。業務に集中する。牛乳。トマト。マヨネーズ。卵のパック。お惣菜の天ぷら。

肩にぽんっと手を置かれる。
振り返るとユウキさんが困り顔だ。わたしの名を呼び、困っている。

ごめんなさい、これ、どうすればいいんですか?

レジ画面はエラーを表示している。
だがこれくらい、レジ操作に慣れていればどうって事もないエラーだ。すぐに直した。やはり彼女は新人の子で、前職がレジ打ちか何かだったのだろう。

すごーい、直った!
直りましたねありがとうございます!

弾んだ声で彼女がわたしの名を呼びながら感謝してくる。

この子はすごい。
きっと関わる者全員を虜にする才がある。

結局彼女の退勤時間まで忙しかったため、お疲れさまの挨拶は言えなかった。
それがわずかに心残りだと感じながら自分はそれからもぽつりぽつりと訪れるお客さんのお会計を捌いていった。
しばらくすると突然わたしの前にユウキさんが現れた。驚くわたし。ユウキさんも買い物だろうか。

今日はありがとうございました。
ちょっと疲れちゃいましたね。
おつかれさまでした!

そういうと彼女はこちらを振り返ることもなくすたすたすたっと帰っていった。

後から分かったことだが、その日のユウキさんのレジはとんでもなくミスが多く、閉店作業の担当者を大いに困らせた。人心掌握術は一人前だったのだが。

そしてもうひとつ、あとから社員のヨシムラさんに聞いたところ彼女の名前は「森田」であり「ユウキ」は下の名前だった。

嘘はついていないけど、嘘みたいな人だと思った。
この現実世界のスーパーマーケットにぎりぎり存在してもおかしくない姫草ユリ子*といった感じだった。


姫草ユリ子:夢野久作『少女地獄』に登場する美少女。病的な虚言癖とその美しさで周囲を翻弄する。

#虚構日記
#創作

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